平和に向かう?コートジボワール

「アフリカも世界の一部」第16 

10月31日、西アフリカのコートジボワールで選挙が行われた。紛争と政治的な不安定が原因で2005年から延期が続いたこの選挙は、安定した平和に向けた大きな一歩だと考えられている。

1960年にフランスから独立したコートジボワールは長年、西アフリカにおける平和と経済成長のオアシスであった。独立から33年間コートジボワールを支配したウフエ・ボワニ初代大統領は隣国のブルキナファソなどから多くの外国人労働者を受け入れ、チョコレートの原料であるカカオやコーヒーの産業が大きく伸びた。1979年以降、コートジボワールは世界一のカカオ生産国となり、現在、その生産量は世界の約4割を占める。

ところが、1993年にウフエ・ボワニ大統領が亡くなり、政治的権力が集中する南部と移民出身が多い北部との間で対立が表面化してきた。1995年の大統領選挙で有力候補であった、北部出身のウアッタラ元首相は新憲法により立候補資格(両親がコートジボワール出身であることが条件)を失い、さらに緊迫感が高まった。

1999年にクーデターが起こったが、その後選挙が行われ、バグボ政権が生まれた。2002年に反政府勢力ができ、武力紛争が始まった。フランス軍の介入もあり、反政府勢力は政権を倒すことこそ出来なかったが、北部を占領し、カカオ生産の利益は軍事活動と統治を支えた。2007年、NGOグローバルウィットネスは「ホットチョコレート」という報告書で紛争とカカオの関係を暴いた。

2005年以降、和平プロセスは少しずつ進み、2007年、ついに和平合意及び権力分割協定が成立した。ところが2005年に予定されていた大統領選挙は、政治的不安定が続く中、数回延期された。南部の政治家が中心となり、北部の多くの人に対して市民権・選挙権を持つべきかどうか、疑問を投げかけたことがひとつの大きな原因である。

今回の選挙も実際行われるかどうか、直前まで明らかではなかったが31日、無事投票が開始された。ウアッタラ氏が立候補することが認められ、ベディエ元大統領(1993~99年)、バグボ現大統領と合わせ3者が有力候補者だと見られている。しかし、票の過半数を勝ち取ることが難しく、第2ラウンドに持ち込まれる可能性が高い。

日本のメディアはコートジボワールを基本的にワールドカップに参加したサッカーチームとしてしか扱っていない。政治情勢、紛争とカカオとの関係、和平プロセスなどはほぼ無視してきた。2010年、読売新聞はサッカー以外の話題でコートジボワールに関する記事をひとつも掲載していない。平和に向かっているこの国に少し注目してもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「10月31日に西アフリカのコートジボワールで歴史的な選挙が行われ、その国の平和に大きく影響すると考えられています。しかし、読売新聞はコートジボワールをワールドカップに参加したサッカーチームとしてしか扱っていません。2010年、コートジボワール情勢に関する記事をひとつも掲載していません。平和に向かっているこの国に少し注目してもよいのではないでしょうか?アフリカも世界の一部です。」 

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 コートジボワールの選挙に関する記事

 コートジボワールの選挙の分析

 カカオと紛争に関するドキュメンタリー(映像)

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