ウガンダでデモとその鎮圧

「アフリカも世界の一部」第35 

2011年4月14日、ウガンダ最大野党のベシジェ党首が警察に射たれ、負傷したことが報告された。当時、ベシジェ氏は食料・ガソリンの価格上昇に抗議するデモに参加していた。その後、手にギブスを巻いた状態で更なるデモに参加したところ、暴動を扇動した罪で逮捕された。2月以降、3度の逮捕となる。

1986年以降、大統領を務めるムセベニ大統領の再選が確定した2月の選挙以降、複数の野党がムセベニ政権に対して、徒歩で集団で出勤するというデモ(walk-to-workキャンペーン)を定期的に実施してきた。選挙では、ムセベニ大統領は68%の票、ベシジェ氏は26%を確保したが、野党は不正を訴えている。

ムセベニ大統領は反政府勢力のリーダーとしてウガンダを制圧し、1986年に政権をとった。それまでの軍事政権による人権侵害が多発していたのに対して、ムセベニ政権は幅広い改善と経済成長に成功した。しかし、複数の反政府勢力の活動に悩まされ、近年までウガンダ北部の紛争が続いてきた。また、ウガンダは2度、隣国ルワンダと一緒にコンゴ民主共和国に侵攻し一部占領していた事実もある。占領中、金など鉱物資源の組織的な略奪が発覚し、コンゴ民主共和国が国際司法裁判所に訴え、ウガンダは損害賠償を命じられた。民主化においても、問題が多く、2005年までは一党支配国家であった。

ベシジェ氏は1982年からムセベニ氏の専属医師を努め、1986年に内務大臣に任命された。しかし、有能であるために、ムセベニ大統領には脅威として見られるようになった。2001年にベシジェ氏はムセベニ政権を批判し、大統領選挙への出馬を表明した。選挙で落選したベシジェ氏は脅迫を受け、国外に亡命したが、2006年の選挙に出馬するために帰国した。しかし帰国したところ、根拠のない反逆及びレイプの罪で一時期逮捕されたため、選挙運動がほとんどできず、再び落選した。

日本のメディアはウガンダでの出来事をほとんど報道していない。例えば、朝日新聞は2月の大統領選挙が実施された事実とその結果をひとつの短い記事で報道した。ベシジェ氏の3度目の逮捕に対して、ロイター通信からの短い記事を転用(紙面ではなく、ウェブサイトのみに掲載)している。しかしいずれも情報量が極めて少なく、ウガンダの政治情勢の文脈が含まれていないため、これら一連の出来事の意義が見えてこない。この問題も理解を深める報道の対象になってもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「今年2月に行われたウガンダの大統領選挙後の政治情勢が不安定になっています。野党による定期的なデモが行われているなか、デモに参加していた野党の党首が警察に射たれ、逮捕されています。この状況とその背景をもう少し報道してもよいのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ベシジェ氏の逮捕に関する記事

 ベシジェ氏の逮捕に関するニュース(映像)

 ウガンダの概要

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