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ザンビアでも分離が問題に

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ザンビア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , on 1月 27, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第27 

南部スーダンが独立に向かっている中、南部アフリカにあるザンビア共和国でも「分離」が問題になっている。2011年1月、ザンビアの西部州で独立を求めるデモが行われた。デモは暴動化し、15人の死傷者がでた。1964年にイギリスから独立して以来、平和を保ってきたザンビアでは、珍しい出来事である。

過激派グループ(自称「ブラック・ブル」)がポスターやチラシをばら撒き、独立キャンペーンを開始したことがきっかけとなった。チラシには「先住民」以外は西部州から出ていかないと殺されるという脅しが含まれていた。このグループにとって、「先住民」とは、西部州の過半数を占めるロジ民族であり、西部州に住む他の民族は含まれない。

このブラック・ブルは小さな過激派グループに過ぎないが、多くの住民がなんらかの不満を抱えているのは確かである。西部州は貧困が最も根強く残る州であり、インフラの面でも、他の州に比べ、遅れをとっている。ザンビア政府の調査によると、全国の貧困層64%に対して、西部州では84%となっている。

ザンビアはイギリスによって「創られた」国であるが、現在の西部州はもとより特別扱いされていた。バロツェランド(Barotseland)という王国として、イギリスの「保護領」となっていたが、その他の州はイギリスの植民地北ローデシアとして支配されていた。ザンビアが独立する際、バロツェ協定が結ばれ、バロツェランドと北ローデシアが統一され、ザンビアとなった。しかし、西部州において、開発が進まない中、再び独立を求める声が続いた。そして2010年10月、ザンビア政府が憲法の改正案からバロツェ協定を外したことが独立運動の発端になった。

警察はこのデモ・暴動において、24人を反逆罪で逮捕した。また、政府はメディア対策もとっている。独立運動を取り上げる視聴者参加型のラジオ・テレビ番組を禁じた。暴言などが暴力につながる恐れがあることを理由にした。また、独立運動の取材をしていたジャーナリストも逮捕された。

ザンビアは銅などの鉱物資源が豊富であり、中国の鉱山企業の進出が目立つ。日本のメディアはたまにこのような角度からザンビアでの出来事を取り上げるが、政治情勢を報道することは殆どない。朝日新聞では、2010年10月から動き始めている西部州の情勢を一度も取り上げていない。このような出来事も報道する価値があるのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「2011年1月、ザンビア共和国の西部州で独立運動が拡大し、デモ・暴動が発生しています。独立以来、平和を保っているザンビアでは珍しい出来事です。このような出来事も報道する価値があるのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 西部州問題に関する記事

 西部州問題に関する記事その2

 西部州問題とザンビアのメディアに関する記事

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