ツアレグ のアーカイブ

マリで紛争勃発

Posted in 「アフリカも世界の一部」, マリ with tags , , , , , , , , , , , on 2月 17, 2012 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第49号 

20121月、西アフリカのマリで武力紛争が勃発した。正確には、2009年に一旦終結していた紛争が再発した。マリの北部で遊牧生活を続けてきたツアレグという民族が自治区を実現するためにマリ政府と戦っているのである。

ツアレグは現在のマリ、ニジェールアルジェリアモロッコリビアブルキナファソに渡り、サハラ砂漠でラクダの牧畜などを中心に暮らしてきた民族である。自分の生活を外部の干渉から守るために、植民地時代にはフランスの支配から、その後に作られた国家からの支配に対しても抵抗を続けてきた。しかし、1960年のマリ独立後に起きた反乱はマリ政府に容赦なく潰された。

ツアレグが悩まされてきたのは外部からの支配だけではない。197080年代には干ばつが多く発生し、環境破壊、砂漠化、人口の増加にも脅かされた。隣国に流れたり、都会に出ざるを得ない人が増え、伝統的な暮らしは崩壊に向かい、貧困が深刻化した。

このような状況を背景に、199092年、そして200609年、ツアレグの武装勢力とマリ政府との間、武力紛争が繰り広げられた。これらの紛争は、地域の情勢からも切り離せない。西アフリカの各国にも影響力を発揮しようとしていたリビアのガダフィー政権はツアレグの武装勢力を受け入れ、訓練及び武器を提供していた。一方、北西アフリカの多くの国はツアレグを抱えているため、自国にも紛争が飛び火することを懸念し、「ツアレグ問題」の収束を願っている。アルジェリア政府はマリ政府を軍事支援しているとの報告もされている。

今回の紛争の再発もリビア情勢と密接につながっている。2011年のリビア紛争の際、多くのツアレグの戦士がガダフィー政権側に加わったが、ガダフィー政権の崩壊とともに、マリのツアレグ戦士が故郷に戻り、マリ政府との新しい紛争を計画し始めた。以前の紛争に比べ、今回の紛争の大きな違いは武装の規模である。マリで反政府勢力となるグループは崩れ始めていたガダフィー政権から大量の武器をマリに流したわけである。

マリでの紛争が始まり、1ヶ月が経とうとしている。すでに2万人の難民がただでさえ水不足、食料不足で苦しんでいる隣国ニジェールなどに流れている。しかし、日本ではこの紛争が報じられていない。読売新聞には一度も記事として取り上げられていない。この北西アフリカにはアル・カイーダの支部と言われるグループも活動しており、地域全体的な不安定にもつながるこの紛争を無視してもよいのだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

20121月、西アフリカのマリで武力紛争が勃発しました。リビアのガダフィー政権崩壊とも密接につながっている紛争です。読売新聞はなぜ、この紛争を一度も取り上げていないのでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 マリ紛争に関する記事

 マリ紛争に関する分析

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