南部スーダン のアーカイブ

スーダンのアビエ州問題

Posted in 「アフリカも世界の一部」, スーダン, 南部スーダン with tags , , , , , , , , , , , on 5月 24, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第38号 

201179日、南部スーダンが正式にスーダンから独立し、新しい国家として生まれる。しかし、519日以降、北部と南部の軍隊が激しくぶつかり、独立が果たされる前、2005年に終息したはずの南北紛争が再発することが懸念されている。

南部スーダンの独立は20111月に実施された住民投票の結果で決まり、アフリカ最大の国家が解体されるわけだが、特別扱いで行方がまだ決まらないアビエ州の問題が残っている。石油が豊富なアビエ州に関しても、1月に住民投票が行われる予定であったが、実施の内容について合意ができず、決定が先送りされた。

具体的には、北部スーダンとアビエ州の両方に「暮らす」遊牧民に投票権を与えるかどうかが争われている。北部スーダンは有権者として認めるべきだと主張しているが、南部スーダン側はこれらの遊牧民を住民として扱うべきではないとする。問題が解決されないままアビエ州は、南北の共同管理下にある。

南北ともに部隊をアビエの街に配置しないことが合意され、519日、北部の部隊が国連PKOの立会いのもと、撤収している最中、南部スーダンの攻撃を受け、22人の死者が出た。これに対し、北部が反撃に出てアビエの街を取り押さえた。街の住民(約2万人)の大半が南部へと避難した。現在、国連安全保障理事会の代表団が北部スーダンの首都ハルツームに訪問中であるが、この紛争により予定していたアビエ州への訪問を中止せざるを得なかった。

19832005年のスーダン南北紛争は、コンゴ民主共和国に続き、冷戦後の世界で2番目に多い200万人の死者を出した。その被害者の大半は病気や飢えで亡くなった。紛争終息の象徴である南部の独立を目前に控える現在、今回の事件が南北の平和への道を妨げかねない。しかし、たとえアビエ州問題を別にしても、南部は内部でも問題を抱えている。現政権と戦っている反政府勢力が活動しており、不安定な状況が続いているのである。

この南北スーダンの大きな衝突事件に対して、日本のメディアの多くは沈黙を守っている。例えば、朝日新聞のウェブサイトには5月に入ってから、スーダンに関する記事がひとつも掲載されていない。新しく生まれる国家の行方に影響するこの事件を報道する必要があるのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

519日以降、南北スーダンがアビエ州をめぐり激しく衝突しています。7月に正式に独立する南部スーダンの行方に大きく影響する、この事件に関しての情報が朝日新聞のウェブサイトに掲載されていませんが、なぜ報道しないのでしょうか?アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 アビエ州問題に関するニュース(映像)

 アビエ州問題に関する記事

 スーダンのタイムライン

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アルジェリアでも、デモ拡大

Posted in 「アフリカも世界の一部」, アルジェリア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 2月 12, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第29 

アルジェリアでは2月12日、政府に対し大規模のデモが予定されている。19年間続いてきた国家非常事態宣言により、すべてのデモは禁じられてきたが、2011年1月以降、跳ね上がる食料の価格と悪化する失業状態をめぐり、48州の内、20州でデモが繰り返されてきた。チュニジアの革命が起こる前から、デモがすでにアルジェリアに飛び火していたのである。

エジプトでのデモが注目される中、チュニジアから飛び火した他の北アフリカ・中東の国々での動揺はほとんど注目されていない。アルジェリアが直面している問題とそれに対するデモは決して新しいものではない。数年前から、悪化してきた経済状況や政府の抑圧に対して不満が高まり、各地でデモが実施されていたが、チュニジアの影響を受け、2011年1月からデモの規模が著しく拡大した。

アルジェリア政府はチュニジアやエジプトでの出来事を恐れ、様々な対策をとってきた。食料の価格を引き下げ、近い将来に国家非常事態を取り止めることを発表した。しかし、すでに新しい「対テロ」法律の導入が予定されており、治安部隊に対する制限、言論・集会の自由などにおいて、人権問題の改善につながらない可能性が高いという見方もある。

激しい独立戦争を経て、1962年にフランスからアルジェリアは独立したが、その後の国内政治は独裁政権に独占されてきた。1991年に選挙が実施されたが、イスラム救国戦線の政党の圧勝が明らかとなったところで、軍部がクーデタを起こし、選挙結果を取り消し、宗教に基づいた政党を禁じた。これが紛争の火種となり、16万人の死者を出した紛争が2002年まで続いた。

アルジェリアは果たして、チュニジアやエジプトのようになるのだろうか。野党が分裂しており、その支持率も低いこともあり、革命まで発展する可能性はそれほど高くないと主張する専門家はいる。しかし、現政権と現状に対する不満が拡大していることは明らかであり、12年間政権を握っているブーテフリカ大統領の体調不良が目立ち始め、革命の可能性も否定できない。

南部スーダンの独立が決定され、スーダンが分断されることにより、アルジェリアがアフリカで最も面積の大きい国家となる。天然ガスの生産国としては世界6位、石油は、アフリカ大陸では4位となっている。天然資源が豊富だが、アルジェリアの経済が石油と天然ガスに頼りすぎているため、経済が不安定である。

日本のメディアはアルジェリア情勢を取り上げようとしない。朝日新聞のウェブサイトでは、エジプトに関する記事の中で、アルジェリアでの出来事に触れる短い文言はあるものの、アルジェリア自体を取り上げたものは、抗議の自殺を伝える短い記事ひとつのみである。そろそろアルジェリアでの情勢を取り上げてもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「エジプトでのデモが注目されている中、動揺しているその他の北アフリカ・中東の国々での出来事が取り上げられていません。アルジェリアでは、デモが全国に広がり、2月12日にも大規模のデモが予定されています。天然ガスや石油が豊富なアルジェリアでも、革命の可能性が否定できません。そろそろ注目してもよいのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 アルジェリアの現状を分析する記事

 アルジェリアのデモに関する記事

 アルジェリア問題の背景:タイムライン

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アフリカ連合の首脳会議

Posted in 「アフリカも世界の一部」, アフリカ, アフリカ連合, エジプト, コートジボワール, チュニジア, 選挙, 赤道ギニア, 南部スーダン with tags , , , , , , , , , , , , , , , on 2月 3, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第28 

2011年1月末、エチオピアの首都アディスアベバでアフリカ連合(AU)の首脳会議が開かれた。政権が倒され、サウジアラビアに逃亡したチュニジアのベンアリ前大統領、そしてチュニジアから飛び火し、大規模のデモの対象で、30年間政権を握ってきたエジプトのムバラク大統領の姿はなかった。

首脳会議では、チュニジア、エジプトの問題も取り上げられたが、他の重大な議題もいくつかあり、予定が大きく変更されることはなかった。特に議論の対象となったのは、二人の大統領状態が続くコートジボワールと南部スーダンの独立に向ける準備といった課題であった。コートジボワールの危機に対して、AUは、アフリカ数カ国の首脳で構成される委員会を立ち上げ、1ヶ月間以内に拘束力のある解決策を打ち出すことを決定した。また、南部スーダンに関しては、AUは住民投票の結果(99パーセント以上の賛成投票で独立が確定した)を歓迎した。

今回の首脳会議で話題を呼んだのは、AUの議長として、赤道ギニアのンゲマ大統領が選ばれたことである。AUの議長は任期1年の象徴的なポストではあるが、ンゲマ大統領は1979年にクーデターで政権をとり、それ以降、独裁政権を築いてきた人物である。国の石油から得た富の大半はンゲマ大統領自身とその身内が握っており、赤道ギニアは深刻な貧困問題を抱え続けている。北アフリカ、コートジボワールなどでの問題から、「民主主義」が注目されているなか、ンゲマ大統領の任命は欧米などで批判の対象となっている。

民主主義といえば、2011年、アフリカでは18カ国が選挙を実施する予定である。ナイジェリアコンゴ民主共和国のような「大国」も、権力を握りしめる大統領を抱えているジンバブエ、エジプト、ウガンダなども含まれる。これからもアフリカから目が離せない状態が続きそうである。

日本のメディアは現在、エジプト情勢の報道に力を入れているが、その火種となったチュニジアで革命が起こる寸前の状況をまったく取り上げようとしなかった。また、デモの様子は注目を浴びるようになったが、その背景、経緯、そして北アフリカ・中東を含む全体像も十分に報道されていない。AU首脳会議の報道も皆無に近い状況である。朝日新聞は首脳会議を取材しなかったようで、ウェブサイトには、時事通信社から入手されたエジプト問題を中心に書かれた2つの短い記事で言及があるのみである。アフリカの各地で多くの重大な出来事が重なるこの時期にアフリカの首脳会議を取材しなくてもよいのだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「2011年1月末、アフリカ連合(AU)の首脳会議が開かれ、日本のメディアでも注目され始めたチュニジア・エジプト問題のみならず、コートジボワールの危機、南部スーダンの独立も議論の対象となりました。朝日新聞はこの首脳会議をなぜ取材しなかったのでしょうか?アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 AU首脳会議とアフリカのリーダーたちに関する記事

 AUとコートジボワール危機に関する記事

 AUの議長となったンゲマ大統領に関する記事

 2011年のアフリカでの選挙に関する記事

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ザンビアでも分離が問題に

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ザンビア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , on 1月 27, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第27 

南部スーダンが独立に向かっている中、南部アフリカにあるザンビア共和国でも「分離」が問題になっている。2011年1月、ザンビアの西部州で独立を求めるデモが行われた。デモは暴動化し、15人の死傷者がでた。1964年にイギリスから独立して以来、平和を保ってきたザンビアでは、珍しい出来事である。

過激派グループ(自称「ブラック・ブル」)がポスターやチラシをばら撒き、独立キャンペーンを開始したことがきっかけとなった。チラシには「先住民」以外は西部州から出ていかないと殺されるという脅しが含まれていた。このグループにとって、「先住民」とは、西部州の過半数を占めるロジ民族であり、西部州に住む他の民族は含まれない。

このブラック・ブルは小さな過激派グループに過ぎないが、多くの住民がなんらかの不満を抱えているのは確かである。西部州は貧困が最も根強く残る州であり、インフラの面でも、他の州に比べ、遅れをとっている。ザンビア政府の調査によると、全国の貧困層64%に対して、西部州では84%となっている。

ザンビアはイギリスによって「創られた」国であるが、現在の西部州はもとより特別扱いされていた。バロツェランド(Barotseland)という王国として、イギリスの「保護領」となっていたが、その他の州はイギリスの植民地北ローデシアとして支配されていた。ザンビアが独立する際、バロツェ協定が結ばれ、バロツェランドと北ローデシアが統一され、ザンビアとなった。しかし、西部州において、開発が進まない中、再び独立を求める声が続いた。そして2010年10月、ザンビア政府が憲法の改正案からバロツェ協定を外したことが独立運動の発端になった。

警察はこのデモ・暴動において、24人を反逆罪で逮捕した。また、政府はメディア対策もとっている。独立運動を取り上げる視聴者参加型のラジオ・テレビ番組を禁じた。暴言などが暴力につながる恐れがあることを理由にした。また、独立運動の取材をしていたジャーナリストも逮捕された。

ザンビアは銅などの鉱物資源が豊富であり、中国の鉱山企業の進出が目立つ。日本のメディアはたまにこのような角度からザンビアでの出来事を取り上げるが、政治情勢を報道することは殆どない。朝日新聞では、2010年10月から動き始めている西部州の情勢を一度も取り上げていない。このような出来事も報道する価値があるのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「2011年1月、ザンビア共和国の西部州で独立運動が拡大し、デモ・暴動が発生しています。独立以来、平和を保っているザンビアでは珍しい出来事です。このような出来事も報道する価値があるのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 西部州問題に関する記事

 西部州問題に関する記事その2

 西部州問題とザンビアのメディアに関する記事

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ソマリランドとプントランドの行方

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ソマリア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 1月 20, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第26 

南部スーダンの独立をめぐる住民投票の結果こそまだでていないが、独立はほぼ確実だと思われている。この動きによりアフリカの国々における「分離」が議論を呼んでいる。その裏には、植民地時代、ヨーロッパの国々が、当時の政治体制を無視し、アフリカのほとんどの国々の国境線を決定したという事実がある。現在アフリカで起こっている紛争は、この歴史と深い関わりを持っているのである。その中でも、事実上ソマリアから独立しているソマリランドが注目を浴びている。

植民地時代にイタリア領ソマリランドとイギリス領ソマリランド(現在のソマリランド)が存在していたが、独立後、この二つの「国」が統一され、ソマリアとなった。ところが、1991年にソマリアで紛争が勃発し、中央政府が崩壊した。数多くのウォーロード(武装勢力を率いる権力者)の間で紛争が激化する中、旧イギリス領ソマリランドは「ソマリランド」として独立宣言をした。「国家」として、政府を樹立し、選挙も行うようになった。独自の通貨を使用し、比較的に安定した政治を保っている。

安易に新しいアフリカの「国家」を認めてしまうと、次から次へと、新しい「国家」が独立宣言することを懸念し、諸外国はこれまでソマリランドを国家として認めず、正式に国交を結んでいる国はなかった。しかしながら、多くの国々との非公式の交流が進んでおり、2010年9月、米国はソマリランドとの関係を深めていくと発表した。

一方、ソマリアの他の地域でも、動きが見られる。プントランド(ソマリアの東北の地域)は、ソマリア南部にある紛争から逃れるため、1998年自治政府を立ち上げた。プントランドも比較的に安定した自治政府が成立しているが、多くの海賊の基地を抱えているという指摘もある。ソマリランドと違って、プントランドは独立を宣言せず、あくまでもソマリアの一部として残留することを表明している。 

ところが、近年、ソマリアの首都モガディシュにある暫定政府への不満が積もり、ついに、2011年1月、プントランドはソマリア暫定政府からの離脱を発表した。プントランド自治政府は、ソマリアの和平交渉などの場面で十分に参加させられず、また、援助金の分配が不平等だと問題を指摘した。しかし、この離脱の発表は独立宣言を意味しているのではなく、あくまでもプントランドが暫定政府に認めさせるための戦略だという見方が多い。

日本のメディアはソマリランドもプントランドも取り上げることはほとんどない。例えば、朝日新聞のウェブサイトに検索をかけても、「プントランド」と一致する記事はひとつもない。1年近く前のひとつの英語のエッセイを除いて、ソマリランドに関する記事もない。この地域での情勢は日本も悩まされている海賊問題と深く関連しており、そしてソマリアという国家の行方にも大きく影響する。少し注目してもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「ソマリアのプントランド自治政府は1月、ソマリアの暫定政府から離脱を表明しましたが、朝日新聞はこの出来事を報道していません。この地域での情勢は日本も悩まされている海賊問題と深く関連しており、そしてソマリアという国家の行方にも大きく影響します。少し注目してもよいのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

過去の記事に関する最新情報:

チュニジアで激しいデモ・暴動の末、ベンアリ政権が国外逃亡をした。そしてついに、日本のメディアもこの大きな事件を取り上げるようになった。

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ソマリランドの「外務大臣」とのインタビュー

 プントランドとソマリアからの離脱に関する記事

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南部スーダンと戦車と海賊

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ケニア, スーダン, ソマリア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 12月 23, 2010 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第23 

2008年、ケニアに向かっていたウクライナの貨物船がアデン湾でソマリアからの海賊に乗っ取られた。その船には32台の戦車を含む多くの武器が積まれており、大きな話題を呼んだ。これらの武器の最終目的地は南部スーダンだと海賊は船内にあった書類からわかったと発表したが、ウクライナもケニアもこれを否定し、ケニア軍のためのものだと主張した。武器は紛争中のソマリアに流用されるのではないかという懸念もあったが、結局、身代金が支払われ、解放された貨物船はケニアのモンバサ港に到着した。

ところが、今月、内部告発サイトのウィキリークスが流出したアメリカの外交公電によると、海賊が主張した通り、その武器は南部スーダンが注文したものであった。それ以前にもウクライナから南部スーダンに武器が届けられていたことも判明した。アメリカ政府はこの取引を知りながら、黙認していた。

以前の記事(第13号)で伝えたように、長年続いたスーダンの南北紛争は2005年に終わったものの、2011年1月9日に行われる住民投票をめぐり、緊迫した状態が続く。今月、北部スーダン政府は南部との境界線付近に空爆を数回行っている。南部スーダンは軍備強化を進め、それも緊張感を高めている。

1月に実施される住民投票は、南部スーダンが新しい国家として独立するのか、スーダンの一部として残るのかを決めるためのものである。南部スーダンの住民は独立を選ぶことがほぼ確実だとみられている。南部を代表する政党であるスーダン人民解放運動(SPLM)も独立を支持することを正式に表明している。

しかし、北部の政府は統一を強く望んでいる。南部の独立によって、国の大きな一部を失うのみならず、北部の政府は多額の石油収入も失う。住民投票までにスーダンの北部と南部の間には、石油収入の配分や最終的な境界線など、合意を得なければいけない重要な課題がいまだに残っている。何としても独立を防ごうとしている北部政府は、南部が統一を選べば石油利益をすべて譲るとまで発表した。

また、特別扱いされている石油が豊富なアビエ州の問題も残っている。南部スーダンが独立を選べば、アビエ州は南部の一部となるのか、北部に残るのか、同じ1月9日に住民投票で決める予定であったが、実施の内容について合意ができず、決定は先送りされた。

他のアフリカの問題に比べると、スーダンは比較的、日本の新聞に注目されているが、それでも報道は少ない。新しい国が生まれることになるのか、大きな紛争が再発する恐れもある歴史的な時期だが、12月に朝日新聞が掲載したスーダンに関する記事は2つにとどまっている。もっと報道するべきではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

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(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「南部スーダンは緊迫した状況で、歴史的な住民投票の実施に向けて準備が進められています。新しい国が生まれるのか、大きな紛争が再発するのか注目すべき時期です。南部スーダンの情勢をもっと報道してください。アフリカも世界の一部です。」

過去の記事に関する最新情報:

*  コートジボワールでは二人の大統領の状況が続く。落選したとみられるバグボ氏は実質上、国を支配しており、当選したとみられるウアッタラ氏は国連PKOに守られながら、ホテルにこもっている。バグボ氏の支配に対する暴動で少なくとも50人が死亡している。

*  ナイジェリアの汚職事件に関与していたとみられていたアメリカのチェイニー前大統領の事件で、ナイジェリアは起訴状を取り消すことにした。その代わり、チェイニー氏がCEOを務めていたハリバートン社は多額の罰金を支払うことになった。

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 南部スーダンと戦車の事件に関する記事

 南部の石油配分に関する記事

 住民投票に関する分析

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スーダンの住民投票に向けて

Posted in 「アフリカも世界の一部」, スーダン, メディア with tags , , , , , , , , , , , on 10月 14, 2010 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第13 

2011年1月に、南部スーダンで住民投票が行われる予定である。南部スーダンが新しい国家として独立するのか、スーダンの一部として残るのかを決めるためである。

2005年に終結したスーダンの南北紛争は民族、宗教(北部は主にアラブ系のイスラム教徒で南部は主に黒人のキリスト教徒及び伝統宗教の信者)が関係しており、植民地時代の統治にも原因がある。しかし、双方共に、派閥間の権力争いも目立った。また、スーダンには石油が大量に発見されており、この高価な資源は紛争の要因にもなった。現在も、住民投票の結果によって石油収入の分配が大きな課題として残っている。

2005年に包括和平合意(CPA)が結ばれ、統一暫定政府が樹立された。その条件のひとつに、6年後に南部スーダンの住民が独立を望んでいるかどうか、住民投票の実施が含まれている。現在、その準備が進められているが、独立を望んでいる南部スーダン政府(暫定)と、南部を手放したくない北部のスーダン政府との間に緊張が高まっている。

10月1日にキール南部スーダン大統領(兼スーダン第一副大統領)は、自分一人で決めるなら独立を選ぶ、と演説で述べた。北部政府は、住民に独立を勧めようとしているとし、この発言に強く反発した。また、南部も北部も、相手が南北の境界線付近で兵力を強化していると、批判し合っている。

スーダン政府が有権者登録開始日程などを含む住民投票のスケジュールを10月5日に発表したが、南部政府は、このスケジュール通りに果たして投票が実施されるのか疑問を呈している。実施日に投票が行われなかった場合、南部スーダンが一方的に独立を宣言し、その結果、紛争が再発するのではと、懸念されている。この状況の中、国連安全保障理事会の代表が10月6日から南部スーダンを訪問し、平和的な問題解決及び予定通りの住民投票の実施を当事者に呼び掛けている。

多くの進展がある中、日本のメディアはこれらをほとんど報道していない。読売新聞は今年7月の社説では、日本がスーダンでのPKOに陸上自衛隊のヘリ派遣を見送ったことを批判した。しかし、スーダン情勢に関する報道がほとんどないため、日本政府による行動を促すプレッシャーにはならないだろう。報道がなければ、政府は国民の関心を認識せず、行動に踏み切る必要性を感じないだろう。

普段からスーダンを含むアフリカに関する報道があれば、政府が何らかの行動をとる可能性が高まる。上記のような進展について報道すべきではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「来年1月に南部スーダンが新しい国家として独立するかどうかを決める住民投票が実施される予定です。しかし準備が進められている現在、南北の緊張が高まっています。特に10月に入ってから、国連安保理代表の訪問を含む報道すべき進展が多く発生しています。どうか、スーダン情勢を報道してください。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 南北スーダンの緊迫した状況に関するニュース(映像)

 安保理のスーダン訪問に関する記事

 スーダンの歴史のタイムライン

※  コンゴ民主共和国の紛争への意識を高めるためのグローバル運動「コンゴ・ウィーク」が、今年は10月17~23日に世界各地で開催されます。日本でも、大阪大学を中心にいくつかのイベントを予定しています。イベント紹介はこちらです。詳細はこれからお知らせしますが、関心のある方はご一報をお願いします。

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