国家 のアーカイブ

スーダンのアビエ州問題

Posted in 「アフリカも世界の一部」, スーダン, 南部スーダン with tags , , , , , , , , , , , on 5月 24, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第38号 

201179日、南部スーダンが正式にスーダンから独立し、新しい国家として生まれる。しかし、519日以降、北部と南部の軍隊が激しくぶつかり、独立が果たされる前、2005年に終息したはずの南北紛争が再発することが懸念されている。

南部スーダンの独立は20111月に実施された住民投票の結果で決まり、アフリカ最大の国家が解体されるわけだが、特別扱いで行方がまだ決まらないアビエ州の問題が残っている。石油が豊富なアビエ州に関しても、1月に住民投票が行われる予定であったが、実施の内容について合意ができず、決定が先送りされた。

具体的には、北部スーダンとアビエ州の両方に「暮らす」遊牧民に投票権を与えるかどうかが争われている。北部スーダンは有権者として認めるべきだと主張しているが、南部スーダン側はこれらの遊牧民を住民として扱うべきではないとする。問題が解決されないままアビエ州は、南北の共同管理下にある。

南北ともに部隊をアビエの街に配置しないことが合意され、519日、北部の部隊が国連PKOの立会いのもと、撤収している最中、南部スーダンの攻撃を受け、22人の死者が出た。これに対し、北部が反撃に出てアビエの街を取り押さえた。街の住民(約2万人)の大半が南部へと避難した。現在、国連安全保障理事会の代表団が北部スーダンの首都ハルツームに訪問中であるが、この紛争により予定していたアビエ州への訪問を中止せざるを得なかった。

19832005年のスーダン南北紛争は、コンゴ民主共和国に続き、冷戦後の世界で2番目に多い200万人の死者を出した。その被害者の大半は病気や飢えで亡くなった。紛争終息の象徴である南部の独立を目前に控える現在、今回の事件が南北の平和への道を妨げかねない。しかし、たとえアビエ州問題を別にしても、南部は内部でも問題を抱えている。現政権と戦っている反政府勢力が活動しており、不安定な状況が続いているのである。

この南北スーダンの大きな衝突事件に対して、日本のメディアの多くは沈黙を守っている。例えば、朝日新聞のウェブサイトには5月に入ってから、スーダンに関する記事がひとつも掲載されていない。新しく生まれる国家の行方に影響するこの事件を報道する必要があるのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

519日以降、南北スーダンがアビエ州をめぐり激しく衝突しています。7月に正式に独立する南部スーダンの行方に大きく影響する、この事件に関しての情報が朝日新聞のウェブサイトに掲載されていませんが、なぜ報道しないのでしょうか?アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 アビエ州問題に関するニュース(映像)

 アビエ州問題に関する記事

 スーダンのタイムライン

 「アフリカも世界の一部」運動とは?このページをアクセス。

メールの配信を希望する方はこのアドレスにメールを。

過去の記事はこのページからアクセス

「ステルス紛争」とは?このページをアクセス。

 「アフリカも世界の一部」運動のメンバー増加にご協力をお願いします。みんなの力で「アフリカも世界の一部」だとメディアに認めてもらいましょう!

ナイジェリアで選挙

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ナイジェリア, 選挙 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 4月 13, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第34

49日、アフリカの大国であるナイジェリアで大統領選挙が行われる予定であったが、準備が遅れ、延期せざるをえなくなった。本来、42日から3週間をかけ、順番に国会議員選挙、大統領選挙、州知事選挙が実施される予定であったが、国会議員選挙の直前に、多くの投票所に投票用紙が届いていないことが判明し、すべての選挙の日程をずらす破目になった。

ナイジェリアの選挙問題は有名である。アフリカ最大(世界8位)の15千万人を上回る人口を抱えるナイジェリアは、道路・線路のネットワークが十分に整っておらず、また、停電が頻繁に起こり、様々なインフラ問題に悩まされている。ロジスティックスの側面からも大規模の選挙を実施をすることはただでさえ安易ではない。

さらに、選挙の実施に伴う不正行為、暴力も目立つ傾向がある。今回も選挙関連の暴力事件で、すでに100人が死亡しているとされている。例えば、48日、ニジェール州にある投票所で爆弾が仕掛けられ、13人の死者が報告されている。また、場所によっては、政治家に雇われる用心棒が選挙実施側の職員を暗殺したり、住民が投票しないように脅迫をしたりすることもある。

ナイジェリアは植民地時代にイギリスの都合でひとつの「国」として作り上げられたが、「国」という政治体制及びアイデンティティはそう簡単に作り上げることができず、1960年の独立以降、主に軍事政権の元、不安定な権力分割状態が続いた。1999年にようやく民主化を果たしたものの、選挙では不正行為・暴力問題が常に付きまとってきた。1999年以降、3度の大統領選挙はすべて国民民主党(PDP)の候補が当選している。今回もPDPに所属するグッドラック・ジョナサン現大統領が当選すると見られている。

日本のメディアはナイジェリアをほとんど取り上げていません。例えば、朝日新聞はナイジェリアの選挙関連の情報をまだ一度も報じていない。投票所でテロ爆弾が14人を死亡させた事実が報道されないことは、アフリカ大陸以外ではないだろう。また、ナイジェリアは人口世界8位、石油の生産量世界6位の大国であり、この国での不安定な政治情勢を無視するのは問題なのである。このままでよいのだろうか?アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

49日 に実施されるはずのナイジェリアの大統領選挙が延期されました。また、選挙関連の暴力で100人が命を落としています。しかし朝日新聞は一度も報道してい ません。人口や、石油の生産量においてもナイジェリアは大国です。取り上げるべきではないでしょうか?アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

ナイジェリア選挙の概要

ナイジェリア選挙に関するニュース(映像)

ナイジェリア選挙の分析

「アフリカも世界の一部」運動とは?このページをアクセス。

メールの配信を希望する方はこのアドレスにメールを。

過去の記事はこのページからアクセス

「ステルス紛争」とは?このページをアクセス。

東日本巨大地震で被災された多くの方々に心よりお見舞い申し上げます。

「アフリカも世界の一部」運動のメンバー増加にご協力をお願いします。みんなの力で「アフリカも世界の一部」だとメディアに認めてもらいましょう!

ソマリランドとプントランドの行方

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ソマリア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 1月 20, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第26 

南部スーダンの独立をめぐる住民投票の結果こそまだでていないが、独立はほぼ確実だと思われている。この動きによりアフリカの国々における「分離」が議論を呼んでいる。その裏には、植民地時代、ヨーロッパの国々が、当時の政治体制を無視し、アフリカのほとんどの国々の国境線を決定したという事実がある。現在アフリカで起こっている紛争は、この歴史と深い関わりを持っているのである。その中でも、事実上ソマリアから独立しているソマリランドが注目を浴びている。

植民地時代にイタリア領ソマリランドとイギリス領ソマリランド(現在のソマリランド)が存在していたが、独立後、この二つの「国」が統一され、ソマリアとなった。ところが、1991年にソマリアで紛争が勃発し、中央政府が崩壊した。数多くのウォーロード(武装勢力を率いる権力者)の間で紛争が激化する中、旧イギリス領ソマリランドは「ソマリランド」として独立宣言をした。「国家」として、政府を樹立し、選挙も行うようになった。独自の通貨を使用し、比較的に安定した政治を保っている。

安易に新しいアフリカの「国家」を認めてしまうと、次から次へと、新しい「国家」が独立宣言することを懸念し、諸外国はこれまでソマリランドを国家として認めず、正式に国交を結んでいる国はなかった。しかしながら、多くの国々との非公式の交流が進んでおり、2010年9月、米国はソマリランドとの関係を深めていくと発表した。

一方、ソマリアの他の地域でも、動きが見られる。プントランド(ソマリアの東北の地域)は、ソマリア南部にある紛争から逃れるため、1998年自治政府を立ち上げた。プントランドも比較的に安定した自治政府が成立しているが、多くの海賊の基地を抱えているという指摘もある。ソマリランドと違って、プントランドは独立を宣言せず、あくまでもソマリアの一部として残留することを表明している。 

ところが、近年、ソマリアの首都モガディシュにある暫定政府への不満が積もり、ついに、2011年1月、プントランドはソマリア暫定政府からの離脱を発表した。プントランド自治政府は、ソマリアの和平交渉などの場面で十分に参加させられず、また、援助金の分配が不平等だと問題を指摘した。しかし、この離脱の発表は独立宣言を意味しているのではなく、あくまでもプントランドが暫定政府に認めさせるための戦略だという見方が多い。

日本のメディアはソマリランドもプントランドも取り上げることはほとんどない。例えば、朝日新聞のウェブサイトに検索をかけても、「プントランド」と一致する記事はひとつもない。1年近く前のひとつの英語のエッセイを除いて、ソマリランドに関する記事もない。この地域での情勢は日本も悩まされている海賊問題と深く関連しており、そしてソマリアという国家の行方にも大きく影響する。少し注目してもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「ソマリアのプントランド自治政府は1月、ソマリアの暫定政府から離脱を表明しましたが、朝日新聞はこの出来事を報道していません。この地域での情勢は日本も悩まされている海賊問題と深く関連しており、そしてソマリアという国家の行方にも大きく影響します。少し注目してもよいのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

過去の記事に関する最新情報:

チュニジアで激しいデモ・暴動の末、ベンアリ政権が国外逃亡をした。そしてついに、日本のメディアもこの大きな事件を取り上げるようになった。

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ソマリランドの「外務大臣」とのインタビュー

 プントランドとソマリアからの離脱に関する記事

「アフリカも世界の一部」運動とは?このページをアクセス。

メールの配信を希望する方はこのアドレスにメールを。

過去の記事はこのページからアクセス

「ステルス紛争」とは?このページをアクセス。

 「アフリカも世界の一部」運動のメンバー増加にご協力をお願いします。みんなの力で「アフリカも世界の一部」だとメディアに認めてもらいましょう!

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。