戦争 のアーカイブ

メディアに映し出されない世界最大の紛争

Posted in アフリカ, コンゴ民主共和国 with tags , , , , , , , , on 11月 17, 2014 by Virgil

Håkan Lindgren(著)
Svenska Dagbladet紙(スウェーデン)、2013-01-22
遠藤美紀(訳)

西洋社会のメディアが描く「世界の不安材料」の絵、は現実とは一致していない。
今日続いている紛争のうち、どれが群を抜いて大きいかを答えられる人は少ない。一方、多くの人はイスラエルとパレスチナ間が最も死者数の多い紛争地帯と思っているが、それは誤りだ。

外国に対するメディアの監視について、筆者がこれまで読んだもっとも鋭い批判は、ほとんど世に知られていない。それは、2008年に出版された、ヴァージル・ホーキンスによる学術書「ステルス紛争」である。注目を集めない戦争に関する本書がそれ自体、レーダーにひっかからないできたことは、もちろん理にかなっていると言えよう。
筆者はこの本を読んで以来、日刊紙の国際面が奇妙に感じ始めた。どの形容詞も、本当には的に得ていないような(おそらくこれは一過性の効果で、心配することではないであろう)。

我々は、情報過多のストレスについて不平を言うが、ネット社会について繰り返し我々がこぼす不平は、実際は一種の自己賛美である。情報がまるで洪水みたいだ!消化できないほどの情報量だ!筆者は毎朝、朝刊の記事の中では、漫画の「ロッキー」以外はすべて、ただ自己防衛本能のために選定せざるを得ない。でないと溺れてしまうことだろう。しかし、ホーキンスにとっての問題は別物である。「我々はこれまでになかったほどの限りない量の情報へのアクセスを有していると言われているが、世界中で起こっている紛争について、我々が求めて得る情報は、比率においても、そして論調においてもとても歪んでいて、現実世界とはほとんどなにも共通するものがない。」

「50年以上において、世界で起こっている最も死者数が多い紛争、9か国からの兵を巻き込んでいる紛争、西ヨーロッパほどの広大さの戦場を抱え、結果として500万人以上の死者を出しながら、周りの世の中が何の気にもかけない紛争がある」とホーキンスは続ける。彼が言っているのはどの紛争か想像できる人はいるだろうか?筆者にはわからなかった。

その答えは、コンゴ民主共和国(隣国のコンゴ共和国-コンゴ・レオポルドビル、と区別するために、しばしばコンゴ-キンシャサと呼ばれる)の紛争である。ルワンダに先導された侵入により1998年に始まり、いまだに続いている。その死者総数の大きさで、コンゴの戦争は第二次世界大戦以降の、最も大きな戦争2つののうちの1つとなっている ― ちなみにもう1つは、おそらく誰かはベトナム戦争と考えるだろうが、そうではなく、朝鮮戦争である(前者の死者数は300万人、後者は450~700万人)。犠牲者のほとんどは、軍の暴力ではなく、病気や飢えによって亡くなっている。つまり、戦争に起因する人道的大惨事によるものなのである。ただこれらの数字には、筆者がウプサラ紛争調査データベースのプロジェクトマネジャー、スティーナ・ヒューグブラードに確認した時には、より慎重な回答が返ってきた。ヒューグブラードが挙げたコンゴでの死者数は300~500万人、これは国際救援委員会による推定に基づいた数字である。

コンゴ民主共和国国軍(Photo: MONUSCO)

著書のはじめに、ホーキンスは一度見ると忘れられない表を記している。死者数によってランク付けした近年の戦争と紛争。それは、我々が新聞の国際面で慣れ親しんでいる世界とはまた違った世界を表している。群を抜いて大きいのはコンゴでの戦争なのである。続いて、スーダン、アンゴラ、ルワンダ、アフガニスタン、ソマリア、そしてイラクである。最下位は(ホーキンスがそこでランク付けを終えているのはもちろん偶然ではないのだが)イスラエル-パレスチナである。イスラエル-パレスチナよりも大きいのは、とりわけ、カシミール、コロンビア、スリランカ、フィリピン、タジキスタン、ペルー、ミャンマーそしてネパールの戦争である。これらについて我々はどれだけ読む機会が与えられているだろうか?

数年前、筆者はあるフリーランスのジャーナリストに会った。筆者に、新聞に載ることのないニュースがたくさんあることを説明してくれた。興味深いですね、例を挙げてみていただけますか?と筆者。すぐさま、パレスチナ!という返事だった。

世界中の紛争のなかでも、イスラエル-パレスチナの紛争は特殊で特権階級的な位置を占めているとホーキンスは述べている。これほど詳細にわたって、継続的に注視されているものは他にない。イスラエル-パレスチナがアフリカ全土よりも注目を浴びることは稀ではない。それでも誰も満足しない。記事になるたびにそれに対する反発が生まれる - 視点が偏っていて不公平だ、自身が心情を共にしない側の方が優位に働くようにするものだ、と。我々の偽りの報道世界では、イスラエル-パレスチナはアメリカのように1つの大陸で、地球上の残りの部分は一種の添え物で、紙面を満たすために必要に応じて、そこから記事がピックアップされるのである。

ホーキンスは新聞などの記事の統計をとっている。それによると、コンゴでの戦争では最初の2年間に約180万人が亡くなったのだが、その間ニューヨーク・タイムズ紙は(同時期の死亡者が2000人の)イスラエル-パレスチナについて、コンゴについてよりも11倍多くの記事を載せ、CNNは53倍多くのニュースを流しているのだ。

このバランスの悪さは人々が世界に対する認識を形成する際に貢献している。2003年に行われた、オーストラリアの大学生へのある世論調査では、彼らが、イスラエル-パレスチナ紛争が世界で最も犠牲者の多い紛争だと思っていることが示された。彼らの半数以上が、この紛争が解決を最も要する紛争だと思う、と回答している。パレスチナに対するこの強いフォーカスと共に存在しているのは特に、アラブ諸国移り住んでいる約450万人のパレスチナ人に対する、メディアの完全な無関心さだ。彼らは、場合によっては1948年から住んでいるのにもかかわらず、そこで正当な住民としての権利を拒否されているというのに。

なぜ、紛争によっては人目に映らないものがあるのだろうか。ホーキンスは、政府やメディア、国際協力機関などの関係者がみな、1つの同じボールを追うことを好むことを言及している。救援組織の使命は、他のすべてからは見捨てられた人々を救うことであるが、実際のところは、無名の、または忘れ去られた紛争のために組織の資源を無駄に使いたくないのだとホーキンスは述べている。コソボでは、1998年から1999年に亡くなったのは2000人だが、1999年に得た援助金は、紛争にさらされたアフリカ全土の地域へのそれよりも多いものだった。また、国際赤十字委員会は、イスラエルとその占領領域に、コンゴへの援助の2倍を与えている。

ホーキンスによると、メディアは自身に課された二重の使命に失敗したという。現実を映し出し、信頼に足る鏡としての機能としても、他の関係者に対する番犬としても。第二次世界大戦後に世界の紛争に関連した死者数の88%はアフリカで起こったもので、アジア6%、中東4%だが、メディアによるニュースとしての価値付けはまったく正反対である。我々はメディアが、政治家に行動を促す火炎放射器のようなものだと考えたがる。しかし1990年代初頭のソマリア紛争に関しては、国による組織であるアメリカの海外災害援助室が警報を鳴らしてから初めて、メディアは何が起こっているかを発見して、それに追随したのだった。

ホーキンスは現在大阪大学国際公共政策研究科の准教授で、この著書の大部分は、日本の援助団体のAMDAで勤務していた際に、ザンビアで書かれたものである。ニュースにおいて、アフリカがいかに偏見を抱かれ、なおざりに扱われているか、彼の失望振りは本書ではっきりと見てとれる。コンゴに対するメディアの監視力は、100年前のほうが実によかったという。当時は、エドモンド・モレルが、ベルギーの植民地であったコンゴでの奴隷制について注目に値すべき運動を行った時代である。

メディアによる影、それはアフリカが地理的に遠いからであろうか?ホーキンスが反論するところでは、あらゆる紛争は、国際的に影響が及ぶ結果をもたらすものだという。国連によると、紛争の間、20カ国以上の企業がコンゴからの自然物資の不法取引に関与していた。つまり、それほどアフリカは遠くない、ということだ。また、その上、武器産業が世界の国々がより強く結びつくのに貢献している。たとえば12月12日、スヴェンスカ・ダーグブラーデット紙のバッティル・リントナーはミャンマーにてスウェーデン製の無反動砲を発見している。

コンゴにて活動するのはもしかしたら危険すぎるのであろうか。いや、かの地へ赴くのが危険だからといって紛争のどれかをメディアが取り上げないというのは、説明として値しない、とホーキンスは述べている。その意思さえあれば、彼らはどこへでも赴き、経費に糸目はつけないものだと。侵入後の数年、イラクでは他の地でよりも多くのジャーナリストが殺されたが、そのことが当地からの報道を妨げることはなかったのである。

間違いはただ、ニュースのゆがんだ価値基準にある、とホーキンスは言う。はっきりと見分けがつく「良い側」がいない紛争には、メディアは興味をなくすものだ。そうなると、メディアは手を抜いて、古臭い民族対立やカオス状態の暴力について話し始める。ホーキンスは、ルワンダの市民虐殺はカオス状態ではなかった、と主張する。80万もの人が、ある一定の計画もなく100日で殺されるわけがないと。

世界の紛争を理解するには、歴史や政治、経済がいつも変わらず関係している、が、メディアはそれよりも、文化的アイデンティティーや民族的属性に一層、ニュースの媒体のなかで、過度な役割を与えるようになっているとホーキンスは著書で述べている。アイデンティティーに基づいた紛争が自然なものであることは暗黙の了解にある。避けることができず、おそらく解決ができず、おそらく他者には把握しがたい。そのためつまり、他者にそれを問題視しないで、安穏としてすませられるものなのだ。そうではなく、アフリカにおける「民族的」紛争について、ホーキンスが望むのはむしろ、それが組織犯罪として記されることだ。「アフリカの紛争を起こしている『文化』はシチリアのマフィアのそれと似ている〔…〕アフリカで戦闘を行っている分派は「族」としてではなく犯罪ビジネス組織として理解されるべきだ」と。

テロとの戦いについてメディアが費やしてきたボリュームすべてを考慮すると、テロが劇的に増えたと考えるのは難しくない。しかしそのような増加は見て取ることができない、とホーキンスは言う。テロの攻撃は、90年代よりは多いとはいえ、80年代よりも低く、増加は主にイラクや中東、南アジアの出来事によるものなのである。世界のその他でのテロの攻撃は「第二次世界大戦以後目を見張るほど減少している」。ホーキンスがもっと懸念しているのは明らかに「グローバル軍閥主義」の台頭である。―地方軍閥のリーダーが略奪や買収で財を成すことが、拡大しつつある問題として、今の時代の特徴となっている。

テロを議論するときは、米国の陸軍士官学校、ウェストポイントにおける研究について語るときでもあろう。2009年の研究 「Deadly vanguards(死の最前線)」はわれわれの時代のイスラムによるテロを念頭においている。この研究をしたスコット・ヘルフェンシュタイン、ナサール・アブドゥラ、ムハンマド・アル-オバイディは2004年から2008年までのテロの攻撃について調査した。彼らの統計から描かれたのは、主としてムスリムを殺害する組織の絵図だった。調査対象年の死者数の88%は非西洋人で、ほとんどがイラクの人々であった。「アルカイダの暴力の対象は、彼らが『戦う』と主張する西側権力ではなく、おそらくもっとも、彼らが『保護している』と主張するところのムスリムの人々なのである。」と3人は述べている。彼らの研究を読んだ後では、アルカイダはもはや西側を攻撃するもの、―または、西側の帝国へ対抗するものーとは思えなくなるのである。

我々が享受するメディアは、今後、増えるのであろうか、減るのであろうか。我々とメディアの間のパイプラインはかつてないほど太い、が、洪水のような情報は、人々がそれを詳細にわたるまで注視することを怠ると、その内容はむしろ減っていくように思える。それについては、2010年に ジョナサン・ストレイが「ニーマン・ジャーナリズム・ラボ」i に寄せた寄稿が考え深い。ストレイが同一のニュースについて800本のインターネット記事を調査したところ、121本の記事以外はすべて同一だったのだ。何らかの自身の言及をした記事は13本、自身の報道による作業を主体としたものはたったの7本(0.9%)。他のものは、編集にまわす事なく、お互いの記事を書き写しあったジャーナリストに作成されたものだ。

新聞社は繰り返し、質と内容の掘り下げに力を入れることで生き残る、と言っている、が、その判断力を失うには、イタリアの沖合で1隻の豪華客船が転覆するだけで十分なのである。数日間にもわたって、たかだかひとつの通知にしか値しないことに全ページ費やすのだから。それとももしかしたら吹雪がまたやってきているのだろうか?そうすれば、編集部はまたゆっくりと構えて、ヘッドラインニュースに天気をもってくることができる。2012年2月9日にダーゲンス・ニィーヘーテル紙iiのベーラング・ベージョーが書いたように、気象はスウェーデンの新聞各紙にとって最大のニュースとなろうとしている。

メディアの洪水の中で、真の情報が欠落していることを理由に、人々が「あまり知らないので、意見などない」と言う、ということにはならないであろう。人々がそれほど哲学的な心境になることはそうそうない。そうではなく、何が起こるか想像するのは簡単だ。情報が空いたところには即座に、独断、偏見、うわさと陰謀説がその穴を埋める。我々は自らますます愚かになろうとしている。未来の紛争は明らかに予兆されているのである。

i 訳者注 ハーバード大学で立ち上がったジャーナリズムの将来像を研究するプロジェクト。ブログでデータジャーナリズムなどに関する掲載されている。

ii スウェーデンの最大日刊紙。

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ケニア軍のソマリア侵攻

Posted in 「アフリカも世界の一部」, エチオピア, ケニア, ソマリア with tags , , , , , , , , , , , , on 11月 24, 2011 by Virgil

ケニア軍のソマリア侵攻

 

「アフリカも世界の一部」第47号 

20111016日、紛争が長年続くソマリアの情勢を変える大きな動きがあった。隣国ケニアの軍部隊が戦車や装甲車で国境を越え侵攻を開始したのだ。ケニアにとってこの「国家を守る作戦」は1963年の独立以来,最大の軍事行動である。

ケニア政府によると、侵攻の目的はケニアの国境の安全を確保することである。ソマリアでの紛争と飢餓の影響がケニアに溢れ、難民、海賊、誘拐事件などがケニア政府を悩ませてきた。ケニアの侵攻のきっかけとなったのは10月にケニアで起きた外国人の複数の誘拐事件(ソマリアの武装勢力によるもの)だが、それ以前かも侵攻を企画していたようである。

ケニアが特に問題視してきたのは、ソマリアの中南部を支配してきた武装勢力「アル・シャバブ」である。アル・シャバブは今年まで、首都モガディシュも支配し、昨年、ウガンダで起きた爆弾テロにも関与した。現在のケニアの攻撃はアル・シャバブに向けられており、港湾都市キスマヨの制圧を目指しているとされている。キスマヨは自治区ジュバランドの首都でもあり、ケニアはジュバランドを中心にバッファー・ゾーン(緩衛地帯)を確保し、ソマリアの問題がケニアに溢れるのを引き止める狙いであろう。

ソマリアでの紛争は依然として国際的なものである。2006年に、もう一つの隣国のエチオピアが侵攻し、首都の制圧に成功したものの、抵抗が激しかったこともあり、2009年に撤退した。残った暫定政府は弱く、首都のコントロールもできなかった。暫定政府を守るためにアフリカ連合が首都への派兵(主にウガンダ軍とブルンジ軍)し、2011年にようやく、アル・シャバブを首都から追放することができた。エチオピアはケニアの侵攻を機に、再びソマリアへの介入及びケニアと同様のバッファー・ゾーンの設置を計画しているとされ、すでに侵攻が始まっているという報告も出ている。

今回のケニアによる侵攻では、アル・シャバブの拠点への空爆も増えているが、すべてがケニア空軍によるものではないという疑いがある。特にいくつかのピンポイント空爆がケニア空軍の軍事能力を超えているとされ、アメリカもしくはフランスによるものではないかと推測されている。

日本のメディアは、ソマリア沿岸付近の海賊問題をときどき取り上げるが、今回のケニア侵攻とソマリア紛争をほとんど報道しない。読売新聞は10月にひとつの記事(280字)でケニア侵攻の事実を伝えたが、それ以降の1ヶ月以上、一度も紙面に載せていない。日本も悩まされている海賊問題の裏にはソマリア紛争がある。その紛争の展開を無視してもよいのだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「ケニアがソマリアに侵攻してから1ヶ月が経ちました。読売新聞は侵攻の開始を伝える記事を掲載してから、その後の状況を一度も紙面に載せていません。海賊問題の裏にはソマリア紛争があります。その紛争を無視してもよいのでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ケニアのソマリア侵攻の動機に関する分析

 ケニアの軍事活動に関する分析

 ソマリアでの空爆に関する記事

 エチオピアの侵攻開始に関する記事

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安定しないコンゴ民主共和国

Posted in 「アフリカも世界の一部」, コンゴ民主共和国 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , on 9月 6, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第44号 

201111月、コンゴ民主共和国DRC)で大統領選挙が予定されている。しかし、実施に必要なDRC政府の予算も、先進国ドナーからの援助も大きく不足しており、準備が遅れている。有権者登録が済んだものの、独立機関による確認が行われていない。野党が不正を訴え、91日には首都キンシャサで数百人によるデモが発生した。現在も、選挙を延期するべきか、不正の懸念を持ちながらも予定通り強行するべきか、DRC国内外で議論されている。

冷戦後、世界最多の死者数を出しているDRCの紛争はまだ終わっていない。DRCに侵攻し占領していたルワンダウガンダ2003年までに撤収し、表向きには、国際紛争は終息した。包括的な和平合意が結ばれ、2006年に歴史的な選挙も行われた。ルワンダが支援し続けていた大型反政府勢力も2009年に政府と和平合意を結び、兵士は国軍に取り込まれることになった。

しかし、紛争は部分的に続いている。東部ではいくつかの武装勢力が軍事活動を続行しており、DRCの国軍はいまだに制圧できていない。また、多くの人権侵害の加害者が給料も訓練も十分に受けていない国軍の兵士であり、国軍でありながらも一般市民にとって脅威となることも少なくない。さらに、和平合意を結び、国軍に「統合」された元武装勢力も、制服を着替えたものの、もともとの形をそれほど崩しておらず、部隊の解体やDRC国内の他の地域への移転を拒んでいる。

また、様々な形で紛争が20年近く続いてきたため、警察、司法制度の機能が極めて弱く、治安が大きな問題として残っている。安定しないDRCの東部では暴力事件、殺人事件、レイプが多発している。そして少なくとも170万人の国内避難民は家に帰ることができていない。

紛争を長引かせたひとつの要因として、日本の電子産業にも欠かせない鉱物資源が挙げられている。昨年発表された国連の報告によると、東部にあるほとんどの鉱山は国軍を含む武装勢力にコントロールされている。このような紛争と関連した鉱物資源の規制につながる法律がすでにアメリカで採択されている。その結果、企業は使用している資源が紛争と無関係であることを証明する義務を負うようになる。アメリカ及びアメリカの市場を対象にする世界の多くの企業がすでにDRCからの鉱物資源を避け始め、DRCからのスズ、金、タンタルなどの輸出が激減している。

日本のメディアはなぜこのような情勢を無視するのだろうか。読売新聞は2011年に入ってから、DRC情勢に関する記事をひとつも掲載していない。せめてDRCの安定に大きく影響する今年の選挙、そして日本の電子産業にも影響を及ぼす鉱物資源問題に関する報道があってもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「今年実施されるコンゴ民主共和国の大統領選挙の準備が遅れ、不正を訴える野党によるデモが発生しています。日本の電子産業も関連している鉱物資源問題も世界で注目を浴びています。にもかかわらず、読売新聞は2011年に入ってからコンゴ民主共和国の情勢を一度も報道していないのはなぜでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 選挙準備をめぐるデモに関する記事

 DRC紛争と武装勢力に関する分析

 DRC紛争、選挙、鉱物資源に関する分析

 10月に行われる国際イベント「コンゴウィーク」に関する情報

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ソマリアの暫定政府

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ソマリア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , on 6月 7, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第39号 

20118月、ソマリアの暫定政府の権限期間は満了する。しかし、8月以降に政府の有り方について合意が得られていない。大統領と議会議長との対立がひとつの要因であると考えられている。国の大半を統治できていない暫定政府と様々な武装勢力との戦いが続いており、これ以上、弱体化を防ぐため、選挙をせずに権限の延長をするべきだという声が国内外からあがっている。

2004年の発足当初から、暫定政府の正統性は疑わしかった。紛争状態のなか、治安問題を考慮し、隣国ケニアで暫定政府が組織された。暫定議会が選ばれ、議会が大統領を選出した。暫定政府は2006年まで、ケニアを拠点としていた。2006年、ついにソマリア入りを果たしたものの、首都モガディシュに入ることができず、260キロ離れたバイドアの穀物倉庫で暫定議会が開かれた。

その後、ソマリア情勢が激しく動いた。イスラム法廷会議という勢力が首都を抑えたが、エチオピアの侵攻によってその勢力が崩壊した。安定を取り戻すためにアフリカ連合(AU)の介入が開始され、現在、約9千人がソマリアに派遣されている。影響力も正統性も乏しいままの暫定政府は、統治する領域を拡大するため、イスラム法廷議会の穏健派と同盟を結び、現在の大統領はイスラム法廷議会の元リーダーである。

62ウガンダで開催された、ソマリアへの支援を協議する国際コンタクト・グループの会議で、AU部隊の半分以上を負担しているウガンダのムセベニ大統領は、暫定政府の任期が延長されなければ、ソマリア情勢が悪化し、ウガンダが部隊を撤退せざるを得ない可能性が高まると発表した。

現在も紛争が続いており、暫定政府及びAU部隊はモガディシュの大部分を取り戻すための攻撃を実施している最中である。しかし、日本のメディアは相変わらず、ソマリアの海賊問題のみを取り上げ、海賊問題出現の背景にある紛争を無視し続けている。朝日新聞は2011年に入ってから、ソマリアの紛争、政治情勢に関する記事をひとつも発表していない。同紙は530日、国際民間シンクタンクが発表した世界平和ランクを記事にし、「最下位はソマリア」と、ソマリア情勢を一言で済ませた。世界平和ランクで最下位の国の紛争に注目するべきではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「世界平和ランクで最下位であるソマリアの政治・軍事情勢は激しく動いています。暫定政府及びアフリカ連合の部隊による様々な武装勢力との戦いが続く中、8月に任期が満了する暫定政府の行方について議論が行われています。朝日新聞はなぜ海賊問題以外のソマリア情勢について報道しないのでしょうか?アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ソマリアの政治対立に関する記事

 ガンダの撤退発言に関する記事

 ソマリアの概要 

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コンゴ・ウィーク2010

Posted in 「アフリカも世界の一部」, コンゴ民主共和国, メディア, 報道量 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , on 10月 19, 2010 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第14 

コンゴ民主共和国の紛争への意識を高めるためのグローバル運動「コンゴ・ウィーク」が10月17(日)から23日(土)まで、今年も世界各地で開催されている。米国NGOフレンズ・オブ・ザ・コンゴがコーディネートするこの活動には世界40カ国からの参加があり、今年は大阪がコンゴ・ウィークの重点都市として指定されている。NGOのSESCO、大阪大学、日本ルワンダ学生会議ピース・ビレッジがイベントを開催する。(イベント紹介はこちら

この機会に、改めてコンゴ民主共和国の紛争を取り上げたいと思う。コンゴ民主共和国の紛争は1994年のルワンダのジェノサイドと密接につながっている。ジェノサイドの首謀者の多くは隣国ザイール(現コンゴ民主共和国)にある難民キャンプの中に居座り、再軍備化を進めた。これをきっかけにルワンダはウガンダ、アンゴラなどと組み、ザイールに侵攻し、政権を倒した。しかし新政権に対しても不満が積り、ルワンダは1998年に再び侵攻した。少なくとも8カ国を巻き込む大戦へと発展した。

アメリカとイギリスは侵攻したルワンダ、ウガンダを支持していた。また、コンゴ民主共和国にある大量の鉱物資源がルワンダ、ウガンダを通じて世界各国の電子産業等へと流れたこともあり、この紛争が大きく取り上げられることはなかった。さらに、紛争の構造が非常に複雑であったため、メディアが目を向けることもなかった。当事者が国内外に及び、国際紛争でありながらも、国をめぐる紛争でもあり、その中には小規模のローカル紛争も多発した。

2003年、国際紛争が表面的には終結したが、外部者の関与を含むローカル紛争が続き、今でも、ルワンダ、ウガンダの「国境なき」武装勢力などがコンゴ民主共和国で戦っている。1998年~2007年の期間に第2次世界大戦以降、最多の540万人がこの紛争で命を落としていると推測されている。その90%以上が病気や飢えで死亡している事実はこの紛争への注目や緊急支援のなさを物語っている。

また、武装化された社会、罪に対する処罰が正当に行われない中、女性に対する性的暴力が非常に大きな問題となった。コンゴ民主共和国の東部では、昨年だけで少なくとも1万7千人の女性が性的暴力を受けている。政府のコントロールが効かない武装勢力支配下にあるところではこのような事件が多発するが、政府軍も決して潔白ではない。先週、国軍兵士によるレイプ事件も多発していると国連が発表した。10月17日、東部のブカヴ市では性的暴力に反対するデモが行われ、カビラ大統領夫人も参加した。

世界各国のメディアがこの紛争に目を向けない中でも、日本のメディアの注目の低さがひと際目立っている。例えば、読売新聞では、チリ落盤事故の救出劇のたった1日分の報道量(10月14日の朝刊、夕刊)が、コンゴ民主共和国の紛争の5年分もの報道を軽く上回っていた。これほどバランスの取れていない報道を放っておくわけにはいかない。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「第2次世界大戦以降、世界最大の死者数を出したコンゴ民主共和国の紛争がこれまで日本のメディアに取り上げられることはありませんでした。読売新聞では、チリ落盤事故の救出劇のたった1日分の報道量(10月14日の朝刊、夕刊)がコンゴ民主共和国の紛争の5年分もの報道を上回っていました。これほどバランスの取れていない報道はなぜ起こるのでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

日本語でコンゴ民主共和国の情勢を取り上げるブログ:

 「コンゴとアフリカを考える」(宇都宮大学准教授 米川正子)

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 「コンゴ・ウィーク」のホームページ

 コンゴ民主共和国の人権侵害に関する論説

 反性的暴力デモに関するニュース

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コンゴ・ウィーク2010 イベント紹介

Posted in アフリカ, イベント, コンゴ民主共和国 with tags , , , , , , , , , , , , , , , on 10月 1, 2010 by Virgil

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ブルンジ紛争再発?

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ブルンジ, 報道量, 大湖地域 with tags , , , , , , , , , , , on 9月 28, 2010 by Virgil

 「アフリカも世界の一部」第11

今年7月、ブルンジで大統領選挙が行われ、現職のヌクルンジザ大統領が再選された。しかし不正を訴えていた野党が選挙をボイコットした為、ヌクルンジザは唯一の候補者であった。与党と野党の間で対立が続き、現在、ほとんどの野党は議会を含む政治機関への参加を取りやめている。

大統領選挙前から、何人かの野党政治家が逮捕され、又、少なくとも3人は亡命している。逆に、与党事務所付近などでの手榴弾爆破事件も多発している。そして先週、首都ブジュンブラ近くの川で14人の遺体が発見された。紛争が続く隣国コンゴ民主共和国より遺体が流れてきたという説があったが、何人かの遺体から身分証明書が発見され、ブルンジの警察官や軍人が含まれていたことがわかった。ブルンジ政府は犯罪組織の仕業だと発表しているが、不満を持った野党が反政府勢力を組織化し、ブルンジ紛争が再発したことを意味するのではないかという声もある。 

ブルンジはルワンダの隣国であり、歴史的にルワンダとよく似ている。ルワンダと同じように人口密度の高い小さな国で、もともとは王国として統治されていたが、19世紀以降、ドイツ、のちにベルギーの植民地となった。人口の過半数を占める「フツ系」住民と少数派「ツチ系」住民との間の激しい権力争いが長年続いてきた。1962年の独立以来、ツチ系にコントロールされた政権が続いたが、1993年に初めての民主的な選挙が行われ、初のフツ系大統領が選ばれた。ところが、その直後にその大統領が暗殺され、これを機に紛争が勃発した。大規模の虐殺で30万人が殺されたが、ルワンダのように注目を浴びることはなかった。

和平プロセスはゆっくり進んだ。2000年に主要な反政府勢力と和平合意ができ、2001年に暫定政府が成立した。2005年にはもと反政府勢力(民主防衛勢力、FDD)のリーダーであったヌクルンジザ氏が選挙で当選、大統領となった。もう一つの反政府勢力(国民解放勢力FNL)が軍事活動を続けたが、2009年にようやく和平合意が成立し、反政府勢力から野党へと生まれ変わった。ブルンジ紛争はここで正式に終結した。

政治的な不安定が続くブルンジであるが、決してブルンジだけの問題ではない。ルワンダでの虐殺はブルンジでの虐殺の半年後に起きており、大きく関連している。また、ブルンジは、ルワンダやウガンダと同じように、コンゴ民主共和国の紛争にも介入した。ルワンダと国連の外交騒動の原因である「コンゴ民主共和国の紛争に関する報告書」にはブルンジの国軍及び反政府勢力による残虐行為も含まれている。ブルンジ政府は関与を否定し、報告書からブルンジに関する記述の削除を求めている。

日本のメディアにブルンジのことが報道されることはほとんどない。今年の大統領選挙が行われた事実を伝える130文字の記事は掲載されたが、ブルンジ情勢に関する記事としては5年ぶりである。2005年の前回の大統領選挙を伝える記事は100文字であった。ブルンジの紛争、和平プロセス、政治情勢が完全に無視されてきたのはなぜだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「ブルンジの武力紛争は少なくとも30万人の犠牲者を出し、2009年にようやく終結を迎えました。ところが、野党がボイコットした今年の大統領選挙から政治の不安定が続き、紛争が再発する可能性もあります。ブルンジ情勢を含めて、大湖地域情勢を報道してください。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ブルンジの歴史タイムライン

 今年の大統領選挙に関するニュース(映像)

 ブルンジ情勢の分析

※  コンゴ民主共和国の紛争への意識を高めるためのグローバル運動「コンゴ・ウィーク」が、今年は10月17~23日に世界各地で開催されます。日本でも、大阪大学を中心にいくつかのイベントを予定しています。詳細はこれからお知らせしますが、関心のある方はご一報をお願いします。

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