朝日新聞 のアーカイブ

ギニアで大統領暗殺未遂

Posted in ギニア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 7月 27, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第42号 

ノルウエーの首相を狙った爆撃が日本でも注目を集めているが、先週、別の国では誰からも注目を集めない国家元首を狙った爆撃が起きた。719日深夜、西アフリカのギニアで、大統領官邸の寝室にロケット弾が打ち込まれ、その後も、銃撃戦が2時間続いた。別の寝室で寝ていたコンデ大統領は無事だった。

コンデ大統領はテレビ演説を通じて、官邸を守りきった大統領警護隊を称賛し、「ギニアの民主主義に向けた行進はもはや止められない」と話した。当初、「暗殺未遂」として報じられたが、政府を乗っ取る計画の一環との可能性もあると、「クーデター未遂」としても報じられている。事件の数時間後、元陸軍参謀長が逮捕された。

ギニアは1958年の独立以降、独裁・軍事政権が続き、2010年12月、民主的選挙が初めて行われた。接戦となった選挙後、その結果をめぐり暴動が起きたものの、選出されたコンデ大統領が無事就任した。選挙はギニアの安定した民主主義に向けた歴史的な一歩だと期待が大きかった。

コンデ大統領が昨年就任してから、国軍の改革を進めてきた。昨年の選挙が行われるまでは、軍事政権の元で軍の幹部が権力と富を受益していたため、現大統領の改革に対して、軍事内で不満が積もっていた。また、地域内の武器拡散も問題視されている。今年4月に紛争が終結した隣国のコートジボワールからの流出が特に注目されている。その他、リベリアシエラレオネが過去に紛争を経験しており、これらの紛争もギニアの不安定の一因でもある。

ギニアはアルミニウムの原料であるボーキサイトが豊富で、世界の埋蔵慮の3分の1以上ある。この資源へのアクセスを確保するため、これまで、日本を含む先進国の政府は独裁政権の元で行われた虐殺、人権問題、非民主主義に対して、目をつぶってきた経緯がある。日本の企業もギニアでボーキサイトの探査権を持っている。今度こそ、「民主主義への行進」を見守るべきではなきだろうか。

しかし、日本のメディアはこの出来事を無視することにしている。ノルウエーの事件がNHKでトップニュースとして報じられ、新聞でも大きく取り上げられているが、ギニアでの事件は報道がない。読売新聞も朝日新聞も記事をひとつも掲載していない。一度は、報道すべき出来事ではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「7月19日、西アフリカのギニアで大統領暗殺未遂が起きました。昨年の歴史的な選挙の実施後、ギニア政府は民主主義の定着に向け、改革を進めています。このような状況の中で起きた事件を報道するべきではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ギニアの大統領暗殺未遂に関する記事

 ギニアと国軍の問題に関する記事

 ギニアのタイムライン

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中央アフリカ共和国で停戦合意

Posted in 「アフリカも世界の一部」, 中央アフリカ共和国 with tags , , , , , , , , , , , , , , , on 6月 22, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第40号 

612日、中央アフリカ共和国の北部の町で、政府と最大の反政府勢力が停戦合意に署名をした。近い将来、和平合意を結ぶ予定だと政府の関係者が話した。これまでにも、いくつかの反政府勢力グループは政府と和平合意を結んでおり、今回停戦合意に署名した「正義と平和愛国者会議(CPJP: Convention of Patriots for Justice and Peace)」は最後に残っている大型反政府勢力である。

中央アフリカ共和国の歴史には多くのクーデターが刻まれている。一時期、国連PKOの派遣もあったが、すでに撤退し、現在も政治的に不安定な状況が続く。ボジゼ現大統領は2003年、クーデターを通じて権力を手に入れたが、その後2005年の選挙で当選し、2011年に再選を果たしている。

また、5ヶ国に囲まれている内陸の中央アフリカ共和国は、周辺の国々の紛争から大きな影響を受けてきた。20023年、コンゴ民主共和国の反政府勢力(「コンゴ解放運動」:MLC)が中央アフリカ共和国の前政権を守るため、当時のパタセ大統領に招かれ、現地の反政府勢力と戦った経緯がある。MLCのベンバ元指揮者(後のコンゴ民主共和国の副大統領)はこのときに生じた犯罪をめぐり逮捕され、国際刑事裁判所に引き渡された。

また、2004年以降、西スーダンのダルフール紛争及びチャドの紛争も中央アフリカ共和国にこぼれ、同国の不安定な状況に大きく貢献している。さらに、周辺数ヶ国で逃亡しながらも、多くの被害をもたらしているウガンダ出身の武装勢力「神の抵抗軍:LRA」も中央アフリカ共和国で活動をしており、悩ましい存在である。

今回の停戦合意は、和平に向けた大きな一歩であると評価されている一方、平和の実現はまだ遠いものだという声もあがっている。長年の紛争と不安定で治安が悪化し、現在も、国軍が実際コントロールできているのは国土の3分の1に過ぎないともいわれている。

日本のメディアは中央アフリカ共和国をと取り上げることは殆どない。朝日新聞のウェブサイト内の検索をかけても、該当する記事がでない。また、読売新聞は10年以上、この国の情勢に関する記事を記載していない。無視されるアフリカの国々の中でも、存在すら殆ど現れない国となってしまっている。このままでよいのだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

612日、中央アフリカ共和国政府と最大の反政府勢力との間で停戦合意が結ばれました。コンゴ民主共和国、及びスーダンの紛争からも大きな影響を受け、不安定な歴史を持つ国です。時には、中央アフリカ共和国に関する記事を掲載してもよいのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 中央アフリカ共和国の停戦に関する記事

 中央アフリカ共和国における人権侵害に関する記事

 中央アフリカ共和国の概要

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ソマリアの暫定政府

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ソマリア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , on 6月 7, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第39号 

20118月、ソマリアの暫定政府の権限期間は満了する。しかし、8月以降に政府の有り方について合意が得られていない。大統領と議会議長との対立がひとつの要因であると考えられている。国の大半を統治できていない暫定政府と様々な武装勢力との戦いが続いており、これ以上、弱体化を防ぐため、選挙をせずに権限の延長をするべきだという声が国内外からあがっている。

2004年の発足当初から、暫定政府の正統性は疑わしかった。紛争状態のなか、治安問題を考慮し、隣国ケニアで暫定政府が組織された。暫定議会が選ばれ、議会が大統領を選出した。暫定政府は2006年まで、ケニアを拠点としていた。2006年、ついにソマリア入りを果たしたものの、首都モガディシュに入ることができず、260キロ離れたバイドアの穀物倉庫で暫定議会が開かれた。

その後、ソマリア情勢が激しく動いた。イスラム法廷会議という勢力が首都を抑えたが、エチオピアの侵攻によってその勢力が崩壊した。安定を取り戻すためにアフリカ連合(AU)の介入が開始され、現在、約9千人がソマリアに派遣されている。影響力も正統性も乏しいままの暫定政府は、統治する領域を拡大するため、イスラム法廷議会の穏健派と同盟を結び、現在の大統領はイスラム法廷議会の元リーダーである。

62ウガンダで開催された、ソマリアへの支援を協議する国際コンタクト・グループの会議で、AU部隊の半分以上を負担しているウガンダのムセベニ大統領は、暫定政府の任期が延長されなければ、ソマリア情勢が悪化し、ウガンダが部隊を撤退せざるを得ない可能性が高まると発表した。

現在も紛争が続いており、暫定政府及びAU部隊はモガディシュの大部分を取り戻すための攻撃を実施している最中である。しかし、日本のメディアは相変わらず、ソマリアの海賊問題のみを取り上げ、海賊問題出現の背景にある紛争を無視し続けている。朝日新聞は2011年に入ってから、ソマリアの紛争、政治情勢に関する記事をひとつも発表していない。同紙は530日、国際民間シンクタンクが発表した世界平和ランクを記事にし、「最下位はソマリア」と、ソマリア情勢を一言で済ませた。世界平和ランクで最下位の国の紛争に注目するべきではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「世界平和ランクで最下位であるソマリアの政治・軍事情勢は激しく動いています。暫定政府及びアフリカ連合の部隊による様々な武装勢力との戦いが続く中、8月に任期が満了する暫定政府の行方について議論が行われています。朝日新聞はなぜ海賊問題以外のソマリア情勢について報道しないのでしょうか?アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ソマリアの政治対立に関する記事

 ガンダの撤退発言に関する記事

 ソマリアの概要 

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スーダンのアビエ州問題

Posted in 「アフリカも世界の一部」, スーダン, 南部スーダン with tags , , , , , , , , , , , on 5月 24, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第38号 

201179日、南部スーダンが正式にスーダンから独立し、新しい国家として生まれる。しかし、519日以降、北部と南部の軍隊が激しくぶつかり、独立が果たされる前、2005年に終息したはずの南北紛争が再発することが懸念されている。

南部スーダンの独立は20111月に実施された住民投票の結果で決まり、アフリカ最大の国家が解体されるわけだが、特別扱いで行方がまだ決まらないアビエ州の問題が残っている。石油が豊富なアビエ州に関しても、1月に住民投票が行われる予定であったが、実施の内容について合意ができず、決定が先送りされた。

具体的には、北部スーダンとアビエ州の両方に「暮らす」遊牧民に投票権を与えるかどうかが争われている。北部スーダンは有権者として認めるべきだと主張しているが、南部スーダン側はこれらの遊牧民を住民として扱うべきではないとする。問題が解決されないままアビエ州は、南北の共同管理下にある。

南北ともに部隊をアビエの街に配置しないことが合意され、519日、北部の部隊が国連PKOの立会いのもと、撤収している最中、南部スーダンの攻撃を受け、22人の死者が出た。これに対し、北部が反撃に出てアビエの街を取り押さえた。街の住民(約2万人)の大半が南部へと避難した。現在、国連安全保障理事会の代表団が北部スーダンの首都ハルツームに訪問中であるが、この紛争により予定していたアビエ州への訪問を中止せざるを得なかった。

19832005年のスーダン南北紛争は、コンゴ民主共和国に続き、冷戦後の世界で2番目に多い200万人の死者を出した。その被害者の大半は病気や飢えで亡くなった。紛争終息の象徴である南部の独立を目前に控える現在、今回の事件が南北の平和への道を妨げかねない。しかし、たとえアビエ州問題を別にしても、南部は内部でも問題を抱えている。現政権と戦っている反政府勢力が活動しており、不安定な状況が続いているのである。

この南北スーダンの大きな衝突事件に対して、日本のメディアの多くは沈黙を守っている。例えば、朝日新聞のウェブサイトには5月に入ってから、スーダンに関する記事がひとつも掲載されていない。新しく生まれる国家の行方に影響するこの事件を報道する必要があるのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

519日以降、南北スーダンがアビエ州をめぐり激しく衝突しています。7月に正式に独立する南部スーダンの行方に大きく影響する、この事件に関しての情報が朝日新聞のウェブサイトに掲載されていませんが、なぜ報道しないのでしょうか?アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 アビエ州問題に関するニュース(映像)

 アビエ州問題に関する記事

 スーダンのタイムライン

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ソマリアの干ばつと紛争

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ソマリア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , on 5月 17, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第37号 

ソマリアは現在、壊滅的な干ばつに直面している。20年前の飢餓以来、最大の危機となっている。大半の農作物の収穫時期は7月であるが、雨量が少ないため、不作が懸念されている。国連によると、人口の32パーセントは人道支援を必要としている。しかし現時点では、国連が定めている緊急支援要請金額(2011年分)の36パーセントしか集まっていない。

ソマリアへの緊急支援を妨げるものは無関心だけではない。ソマリアでの紛争が続いており、地域によっては緊急支援物資を届けるのに危険を伴う。また、支援物資が入ったところで武装勢力に流れてしまうことも懸念されている。これまでも、緊急支援の一部が結果的に紛争に貢献していると指摘する者もいる。

1991年、中央政府が崩壊して以来、ソマリアは紛争から抜け出すことができない。1990年代前半、国連PKOや多国籍軍による介入が試みられたが、失敗に終わっている。2006年、イスラム法廷会議という勢力が首都を抑え、一旦、状況が安定したが、イスラム法廷会議を敵視した隣国のエチオピアが軍事介入してきた。それにより、イスラム法廷会議は崩壊したものの、様々な勢力によるエチオピアへの抵抗が激しく、エチオピアも撤退せざるを得なかった。安定を取り戻すため、アフリカ連合(AU)による介入も開始されているが、いまだに紛争は収まらない。

現在、いわゆる「暫定政府」が存在するものの、実際コントロールできているのは首都の半分程度のみである。イスラム法廷会議の崩壊から生まれた過激派のアル・シャバブという武装勢力は、現在も暫定政府やAUの部隊と戦っている。5月に、AUの基地に迫撃砲の攻撃を受け、ブルンジの兵士11人が犠牲になった。また、自分の権力と影響力の確保、拡大を狙う様々なウォーロード(武装勢力を率いる権力者)も活動している。

日本のメディアは紛争のことをほとんど取り上げず、ソマリア沖の海賊問題しか報道しない。干ばつに関する報道もない。例えば、朝日新聞のウェブサイトを見ている限り、2011年に入ってから、ソマリア沖の海賊問題に関する記事はいくつかあっても、ソマリアの紛争、国内の情勢、AUの介入問題などに着目した記事はひとつも掲載されていない。今回の干ばつはさらなる人道的危機をもたらすことが目に見えている。どこまで無視するのだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

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(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「ソマリアの激しい紛争が続いています。また、20年前の飢餓以来、最大の干ばつが発生しています。さらなる人道的危機が予想されます。朝日新聞はなぜ海賊問題しか報道しないのでしょうか?アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ソマリアの干ばつに関する記事

 ソマリアと支援問題に関する記事

 ソマリア紛争に関する記事

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揺れるブルキナファソ

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ブルキナファソ with tags , , , , , , , , , , , , , , , on 5月 8, 2011 by Virgil

揺れるブルキナファソ

「アフリカも世界の一部」第36 

チュニジア革命を発端に、北アフリカや中東に広がりを見せる、長年権力を握り続けてきた政権に対しての市民運動。現在メディアで、ある程度は注目されているリビア及びシリアの運動も実は氷山の一角なのである。例えば、アフリカでは、アルジェリアモロッコウガンダにおいても、デモが頻繁に実施されている。それぞれの運動は背景が異なり、必ずしも現政権の打倒だけが目的ではないが、つながりがある

もうひとつ、動きが見えているのは西アフリカのブルキナファソである。4月中旬、大統領警衛隊を含む国軍の一部が未払いの住宅手当をめぐり、反乱を起こした。1987年から大統領の座に座ってきたカンパオレ大統領は一時的に首都から逃亡せざるを得ない状態が起きてしまった。カンパオレ大統領は国軍の反乱を阻止できなかった防衛大臣を退任させ、自らが防衛大臣となった。

国軍の反乱を機に、数万人の一般市民も食料の価格上昇に対するデモを始めた。これは、カンパオレ政権に対しての不満が大きいが、経済的な問題も大きい。ブルキナファソの経済の大きな部分を担っているのは、綿花の栽培であるが、アメリカが自国の綿花栽培に大きな助成金をかけていることが大きな原因で、国際市場での綿花の価格が低く、ブルキナファソの経済成長が進まない。

ただでさえ貧困が蔓延しているブルキナファソだが、2010年年末、隣国コートジボワールでの政治対立及び紛争が発生してから、さらなる経済的打撃を受けた。内陸であるブルキナファソの輸入品の大部分はコートジボワール経由で入ってくるが、コートジボワールでのトラブルが発生してから、物流がスムースに動かなくなり、ブルキナファソの輸入が困難になったため、物価がさらに上昇した。

4月末には警察もデモに加わり、ついに複数の野党が共同声明でカンパオレ大統領の辞任を求めた。与党党首は「野党がクーデターを狙っている」と批判した。カンパオレ大統領は元々クーデターを通じて大統領になった経緯がある。

日本のメディアはブルキナファソの問題を取り上げていない。朝日新聞のウェブサイトにはブルキナファソの情勢に関する記事はひとつもない。皮肉なことに、5月1日、テレビ朝日の番組では1時間近くをかけ、隣国のマリに注目した。しかし、その番組は、「世界の村で発見!こんなところに日本人」というタイトルで、マリに住む日本人を探すための娯楽番組であった。たとえ5分でも、ブルキナファソやマリの情勢が報道されてもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

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(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「チュニジア革命で始まった市民運動は北アフリカと中東だけで起きているわけではありません。ブルキナファソの政権も揺れています。国軍の反乱から始まり、現在、多くの一般市民、警察、野党などが大統領の辞任を求めています。この状況ももう少し報道してもよいのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ブルキナファソのデモに関する記事

 綿花とブルキナファソの問題に関する記事

 ブルキナファソのタイムライン

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ウガンダでデモとその鎮圧

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ウガンダ with tags , , , , , , , , , on 4月 28, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第35 

2011年4月14日、ウガンダ最大野党のベシジェ党首が警察に射たれ、負傷したことが報告された。当時、ベシジェ氏は食料・ガソリンの価格上昇に抗議するデモに参加していた。その後、手にギブスを巻いた状態で更なるデモに参加したところ、暴動を扇動した罪で逮捕された。2月以降、3度の逮捕となる。

1986年以降、大統領を務めるムセベニ大統領の再選が確定した2月の選挙以降、複数の野党がムセベニ政権に対して、徒歩で集団で出勤するというデモ(walk-to-workキャンペーン)を定期的に実施してきた。選挙では、ムセベニ大統領は68%の票、ベシジェ氏は26%を確保したが、野党は不正を訴えている。

ムセベニ大統領は反政府勢力のリーダーとしてウガンダを制圧し、1986年に政権をとった。それまでの軍事政権による人権侵害が多発していたのに対して、ムセベニ政権は幅広い改善と経済成長に成功した。しかし、複数の反政府勢力の活動に悩まされ、近年までウガンダ北部の紛争が続いてきた。また、ウガンダは2度、隣国ルワンダと一緒にコンゴ民主共和国に侵攻し一部占領していた事実もある。占領中、金など鉱物資源の組織的な略奪が発覚し、コンゴ民主共和国が国際司法裁判所に訴え、ウガンダは損害賠償を命じられた。民主化においても、問題が多く、2005年までは一党支配国家であった。

ベシジェ氏は1982年からムセベニ氏の専属医師を努め、1986年に内務大臣に任命された。しかし、有能であるために、ムセベニ大統領には脅威として見られるようになった。2001年にベシジェ氏はムセベニ政権を批判し、大統領選挙への出馬を表明した。選挙で落選したベシジェ氏は脅迫を受け、国外に亡命したが、2006年の選挙に出馬するために帰国した。しかし帰国したところ、根拠のない反逆及びレイプの罪で一時期逮捕されたため、選挙運動がほとんどできず、再び落選した。

日本のメディアはウガンダでの出来事をほとんど報道していない。例えば、朝日新聞は2月の大統領選挙が実施された事実とその結果をひとつの短い記事で報道した。ベシジェ氏の3度目の逮捕に対して、ロイター通信からの短い記事を転用(紙面ではなく、ウェブサイトのみに掲載)している。しかしいずれも情報量が極めて少なく、ウガンダの政治情勢の文脈が含まれていないため、これら一連の出来事の意義が見えてこない。この問題も理解を深める報道の対象になってもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「今年2月に行われたウガンダの大統領選挙後の政治情勢が不安定になっています。野党による定期的なデモが行われているなか、デモに参加していた野党の党首が警察に射たれ、逮捕されています。この状況とその背景をもう少し報道してもよいのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ベシジェ氏の逮捕に関する記事

 ベシジェ氏の逮捕に関するニュース(映像)

 ウガンダの概要

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