植民地 のアーカイブ

チャゴス諸島の返還

Posted in 「アフリカも世界の一部」 with tags , , , , , , , , , , , on 6月 25, 2012 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第51号 

20126月、イギリスとモーリシャスの首相がロンドンで会談をもった。その議題のひとつはイギリス領となっているチャゴス諸島の返還であった。チャゴス諸島はインド洋の真ん中に位置する小さな諸島である。

チャゴス諸島の歴史は明るく語れるものではない。植民地時代、この諸島はイギリスの自治区であったモーリシャスの一部であったが、独立前の1965年、イギリスが「国防」を目的にモーリシャスから購入することになった。その売却の交渉を担当していたモーリシャス初代総理大臣はその直後、イギリスからナイト爵位を授与された。国防上、不要になった場合、返還をするという条件付きで売却された。

その後、インド洋で基地を新設しようとしていたアメリカにチャゴス諸島のディエゴガルシア島をイギリスが貸すことになった。しかし、アメリカは無人島を求めていたため、島の住民を全員強制移住させた。イギリスは無料同然でこの島を貸す代わりに、アメリカから購入していた核兵器の値引きをしてもらった。

2000年代、この米軍基地から長距離空爆機が飛び立ち、アフガニスタン及びイラクに空爆を繰り返していた。日本政府が給油活動を通じてこれらの戦争の後方支援を担っていたときも、ディエゴガルシア島がその拠点のひとつでもあった。また、この基地はCIAの秘密刑務所として使われた可能性もある。

2010年、イギリスはチャゴス諸島の海域を世界最大の海洋保護区域に指定した。しかし、これは環境保護より、チャゴス諸島の元住民の復帰を防ぐことが狙いだと、ウィキリークスが公開した米政府の外交電報で明らかになった。チャゴスに戻ったとしても、魚がとれなければ、住民の生活が成り立たない。

ディエゴガルシア島の米軍へのリースは更新するかどうか、決定の期限は2014年である。これを背景に現在、返還の交渉が行われている。モーリシャス政府はチャゴス諸島の返還を求めているが、米軍基地の撤退までは求めていない。アメリカから現状維持のための大きな金銭的な見返りが予想される。

チャゴス諸島の元住民が故郷から追い払われてから40年が経つが、復帰を目指し、法廷などで争い続けている。日本のメディアはイギリスとモーリシャスの交渉を報道していない。朝日新聞のウェブサイトに「ディエゴガルシア」の検索をしても、該当する記事が見つからない。返還プロセスが始まろうとしている今こそ、この問題に脚光を浴びさせるべきではないだろうか。チャゴス諸島も世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「イギリス領となっているインド洋のチャゴス諸島がモーリシャスに返還されるかどうか、交渉が始まっています。そこにある米軍基地の行方についても議論してもよいのではないでしょうか。この問題も取り上げてください。チャゴス諸島も世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 チャゴス諸島問題に関する分析

 イギリスとモーリシャスの会談に関する記事

 チャゴス諸島問題に関するドキュメンタリ

 

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ナイジェリアで選挙

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ナイジェリア, 選挙 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 4月 13, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第34

49日、アフリカの大国であるナイジェリアで大統領選挙が行われる予定であったが、準備が遅れ、延期せざるをえなくなった。本来、42日から3週間をかけ、順番に国会議員選挙、大統領選挙、州知事選挙が実施される予定であったが、国会議員選挙の直前に、多くの投票所に投票用紙が届いていないことが判明し、すべての選挙の日程をずらす破目になった。

ナイジェリアの選挙問題は有名である。アフリカ最大(世界8位)の15千万人を上回る人口を抱えるナイジェリアは、道路・線路のネットワークが十分に整っておらず、また、停電が頻繁に起こり、様々なインフラ問題に悩まされている。ロジスティックスの側面からも大規模の選挙を実施をすることはただでさえ安易ではない。

さらに、選挙の実施に伴う不正行為、暴力も目立つ傾向がある。今回も選挙関連の暴力事件で、すでに100人が死亡しているとされている。例えば、48日、ニジェール州にある投票所で爆弾が仕掛けられ、13人の死者が報告されている。また、場所によっては、政治家に雇われる用心棒が選挙実施側の職員を暗殺したり、住民が投票しないように脅迫をしたりすることもある。

ナイジェリアは植民地時代にイギリスの都合でひとつの「国」として作り上げられたが、「国」という政治体制及びアイデンティティはそう簡単に作り上げることができず、1960年の独立以降、主に軍事政権の元、不安定な権力分割状態が続いた。1999年にようやく民主化を果たしたものの、選挙では不正行為・暴力問題が常に付きまとってきた。1999年以降、3度の大統領選挙はすべて国民民主党(PDP)の候補が当選している。今回もPDPに所属するグッドラック・ジョナサン現大統領が当選すると見られている。

日本のメディアはナイジェリアをほとんど取り上げていません。例えば、朝日新聞はナイジェリアの選挙関連の情報をまだ一度も報じていない。投票所でテロ爆弾が14人を死亡させた事実が報道されないことは、アフリカ大陸以外ではないだろう。また、ナイジェリアは人口世界8位、石油の生産量世界6位の大国であり、この国での不安定な政治情勢を無視するのは問題なのである。このままでよいのだろうか?アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

49日 に実施されるはずのナイジェリアの大統領選挙が延期されました。また、選挙関連の暴力で100人が命を落としています。しかし朝日新聞は一度も報道してい ません。人口や、石油の生産量においてもナイジェリアは大国です。取り上げるべきではないでしょうか?アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

ナイジェリア選挙の概要

ナイジェリア選挙に関するニュース(映像)

ナイジェリア選挙の分析

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ザンビアでも分離が問題に

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ザンビア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , on 1月 27, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第27 

南部スーダンが独立に向かっている中、南部アフリカにあるザンビア共和国でも「分離」が問題になっている。2011年1月、ザンビアの西部州で独立を求めるデモが行われた。デモは暴動化し、15人の死傷者がでた。1964年にイギリスから独立して以来、平和を保ってきたザンビアでは、珍しい出来事である。

過激派グループ(自称「ブラック・ブル」)がポスターやチラシをばら撒き、独立キャンペーンを開始したことがきっかけとなった。チラシには「先住民」以外は西部州から出ていかないと殺されるという脅しが含まれていた。このグループにとって、「先住民」とは、西部州の過半数を占めるロジ民族であり、西部州に住む他の民族は含まれない。

このブラック・ブルは小さな過激派グループに過ぎないが、多くの住民がなんらかの不満を抱えているのは確かである。西部州は貧困が最も根強く残る州であり、インフラの面でも、他の州に比べ、遅れをとっている。ザンビア政府の調査によると、全国の貧困層64%に対して、西部州では84%となっている。

ザンビアはイギリスによって「創られた」国であるが、現在の西部州はもとより特別扱いされていた。バロツェランド(Barotseland)という王国として、イギリスの「保護領」となっていたが、その他の州はイギリスの植民地北ローデシアとして支配されていた。ザンビアが独立する際、バロツェ協定が結ばれ、バロツェランドと北ローデシアが統一され、ザンビアとなった。しかし、西部州において、開発が進まない中、再び独立を求める声が続いた。そして2010年10月、ザンビア政府が憲法の改正案からバロツェ協定を外したことが独立運動の発端になった。

警察はこのデモ・暴動において、24人を反逆罪で逮捕した。また、政府はメディア対策もとっている。独立運動を取り上げる視聴者参加型のラジオ・テレビ番組を禁じた。暴言などが暴力につながる恐れがあることを理由にした。また、独立運動の取材をしていたジャーナリストも逮捕された。

ザンビアは銅などの鉱物資源が豊富であり、中国の鉱山企業の進出が目立つ。日本のメディアはたまにこのような角度からザンビアでの出来事を取り上げるが、政治情勢を報道することは殆どない。朝日新聞では、2010年10月から動き始めている西部州の情勢を一度も取り上げていない。このような出来事も報道する価値があるのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「2011年1月、ザンビア共和国の西部州で独立運動が拡大し、デモ・暴動が発生しています。独立以来、平和を保っているザンビアでは珍しい出来事です。このような出来事も報道する価値があるのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 西部州問題に関する記事

 西部州問題に関する記事その2

 西部州問題とザンビアのメディアに関する記事

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ソマリランドとプントランドの行方

Posted in 「アフリカも世界の一部」, ソマリア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 1月 20, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第26 

南部スーダンの独立をめぐる住民投票の結果こそまだでていないが、独立はほぼ確実だと思われている。この動きによりアフリカの国々における「分離」が議論を呼んでいる。その裏には、植民地時代、ヨーロッパの国々が、当時の政治体制を無視し、アフリカのほとんどの国々の国境線を決定したという事実がある。現在アフリカで起こっている紛争は、この歴史と深い関わりを持っているのである。その中でも、事実上ソマリアから独立しているソマリランドが注目を浴びている。

植民地時代にイタリア領ソマリランドとイギリス領ソマリランド(現在のソマリランド)が存在していたが、独立後、この二つの「国」が統一され、ソマリアとなった。ところが、1991年にソマリアで紛争が勃発し、中央政府が崩壊した。数多くのウォーロード(武装勢力を率いる権力者)の間で紛争が激化する中、旧イギリス領ソマリランドは「ソマリランド」として独立宣言をした。「国家」として、政府を樹立し、選挙も行うようになった。独自の通貨を使用し、比較的に安定した政治を保っている。

安易に新しいアフリカの「国家」を認めてしまうと、次から次へと、新しい「国家」が独立宣言することを懸念し、諸外国はこれまでソマリランドを国家として認めず、正式に国交を結んでいる国はなかった。しかしながら、多くの国々との非公式の交流が進んでおり、2010年9月、米国はソマリランドとの関係を深めていくと発表した。

一方、ソマリアの他の地域でも、動きが見られる。プントランド(ソマリアの東北の地域)は、ソマリア南部にある紛争から逃れるため、1998年自治政府を立ち上げた。プントランドも比較的に安定した自治政府が成立しているが、多くの海賊の基地を抱えているという指摘もある。ソマリランドと違って、プントランドは独立を宣言せず、あくまでもソマリアの一部として残留することを表明している。 

ところが、近年、ソマリアの首都モガディシュにある暫定政府への不満が積もり、ついに、2011年1月、プントランドはソマリア暫定政府からの離脱を発表した。プントランド自治政府は、ソマリアの和平交渉などの場面で十分に参加させられず、また、援助金の分配が不平等だと問題を指摘した。しかし、この離脱の発表は独立宣言を意味しているのではなく、あくまでもプントランドが暫定政府に認めさせるための戦略だという見方が多い。

日本のメディアはソマリランドもプントランドも取り上げることはほとんどない。例えば、朝日新聞のウェブサイトに検索をかけても、「プントランド」と一致する記事はひとつもない。1年近く前のひとつの英語のエッセイを除いて、ソマリランドに関する記事もない。この地域での情勢は日本も悩まされている海賊問題と深く関連しており、そしてソマリアという国家の行方にも大きく影響する。少し注目してもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、朝日新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「ソマリアのプントランド自治政府は1月、ソマリアの暫定政府から離脱を表明しましたが、朝日新聞はこの出来事を報道していません。この地域での情勢は日本も悩まされている海賊問題と深く関連しており、そしてソマリアという国家の行方にも大きく影響します。少し注目してもよいのではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

過去の記事に関する最新情報:

チュニジアで激しいデモ・暴動の末、ベンアリ政権が国外逃亡をした。そしてついに、日本のメディアもこの大きな事件を取り上げるようになった。

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ソマリランドの「外務大臣」とのインタビュー

 プントランドとソマリアからの離脱に関する記事

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西サハラ問題

Posted in 「アフリカも世界の一部」, メディア, モロッコ, 西サハラ, 資源 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 11月 30, 2010 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第20 

現在、西サハラ(サハラ・アラブ民主共和国)領土の3分の2は隣国のモロッコに占領されている。今年11月、国連の仲介のもと、西サハラの将来をめぐる協議が行われたが、その前日には、西サハラ住民とモロッコの治安部隊が激しくぶつかった。住民は悪化している経済状況に抗議をするため「首都」ラアユーン付近に「抗議キャンプ」を設営したが、モロッコはこのキャンプの強制解体に踏み切ったのである。少なくとも11人が死亡した。

1975年、スペインの植民地であった西サハラが独立をしたが、植民地時代以前は自国の領土だと主張したモロッコとモーリタニアは、西サハラに侵略し占領した。この占領に抵抗する武装組織、ポリサリオ戦線ができ、軍事闘争を続けた。ポリサリオ戦線はモーリタニアに対して軍事勝利をしたため、モーリタニアは和平協定を結び、撤退した。しかし、モーリタニアが放棄した領域をモロッコが直ちに占領した。

西サハラの多くの住民はアルジェリアに逃亡し、砂漠の中の難民キャンプに暮らしている。亡命政権もアルジェリアで樹立した。1982年、西サハラはアフリカ統一機構(OAU、現アフリカ連合:AU)に加盟したため、モロッコは脱退に追い込まれ、現在もアフリカ連合の加盟国になっていない。モロッコが占領している領域をポリサリオ戦線から守るため、2500キロにも及ぶ巨大な「砂の壁」を作り、その周りに地雷などを埋めた。これは世界一長い地雷原だと見られている。アメリカ、フランスなどは現在もモロッコの同盟国である。

1991年、国連の仲介で停戦が成立し、西サハラがモロッコ領となるのか、独立国家となるのか、住民投票で決めることになった。ところが、この投票に参加できる「住民」めぐり合意がとれないため、実施されないままである。ポリサリオ戦線はモロッコ占領前の住民のみを登録するべきだと主張しているが、占領後に多くの人を西サハラに移住させたモロッコはこれを拒否している。

モロッコが占領している領域は海岸があり、リン酸塩鉱山も含まれている。2006年、欧州連合(EU)はモロッコと締結した漁業協定には、占領されている西サハラの水域も含まれており、ヨーロッパでは問題視されている。実は、日本が輸入している冷凍タコの7割はモロッコから来ている。当然、占領されている西サハラの水域からのタコもこの中には含まれているはずだが、店頭に並んでいるタコには「モロッコ産」としか表記されていない。

西サハラ問題に関する報道がない日本では、占領・漁業などの現状は問題視されず、議論の対象にもなっていない。例えば、読売新聞は2006年以降、西サハラに関する記事を掲載していない。西サハラの行方に関する次回の協議は12月に行われる予定である。この大きな問題を取り上げるべきではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。 

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。なぜ読売新聞?

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「日本が輸入している冷凍タコの7割はモロッコから来ていますが、モロッコが占領している西サハラの水域からのものも含まれています。西サハラが独立するかどうかは現在も議論されていますが、読売新聞は2006年以降、この問題について一度も報道していません。11月、西サハラ住民とモロッコ治安部隊が衝突する事件も発生しています。西サハラ問題をもっと報道するべきではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

西サハラ問題に関するウエブサイト(日本語)

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 西サハラ問題のまとめ

 「抗議キャンプ」衝突に関する記事

 EUと西サハラの漁業問題に関する記事

イベント紹介:「独立を問う南部スーダン:住民投票のゆくえと人道支援」(12月18日アット東京。詳しくはリンクからアクセス)

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