紛争 のアーカイブ

メディアに映し出されない世界最大の紛争

Posted in アフリカ, コンゴ民主共和国 with tags , , , , , , , , on 11月 17, 2014 by Virgil

Håkan Lindgren(著)
Svenska Dagbladet紙(スウェーデン)、2013-01-22
遠藤美紀(訳)

西洋社会のメディアが描く「世界の不安材料」の絵、は現実とは一致していない。
今日続いている紛争のうち、どれが群を抜いて大きいかを答えられる人は少ない。一方、多くの人はイスラエルとパレスチナ間が最も死者数の多い紛争地帯と思っているが、それは誤りだ。

外国に対するメディアの監視について、筆者がこれまで読んだもっとも鋭い批判は、ほとんど世に知られていない。それは、2008年に出版された、ヴァージル・ホーキンスによる学術書「ステルス紛争」である。注目を集めない戦争に関する本書がそれ自体、レーダーにひっかからないできたことは、もちろん理にかなっていると言えよう。
筆者はこの本を読んで以来、日刊紙の国際面が奇妙に感じ始めた。どの形容詞も、本当には的に得ていないような(おそらくこれは一過性の効果で、心配することではないであろう)。

我々は、情報過多のストレスについて不平を言うが、ネット社会について繰り返し我々がこぼす不平は、実際は一種の自己賛美である。情報がまるで洪水みたいだ!消化できないほどの情報量だ!筆者は毎朝、朝刊の記事の中では、漫画の「ロッキー」以外はすべて、ただ自己防衛本能のために選定せざるを得ない。でないと溺れてしまうことだろう。しかし、ホーキンスにとっての問題は別物である。「我々はこれまでになかったほどの限りない量の情報へのアクセスを有していると言われているが、世界中で起こっている紛争について、我々が求めて得る情報は、比率においても、そして論調においてもとても歪んでいて、現実世界とはほとんどなにも共通するものがない。」

「50年以上において、世界で起こっている最も死者数が多い紛争、9か国からの兵を巻き込んでいる紛争、西ヨーロッパほどの広大さの戦場を抱え、結果として500万人以上の死者を出しながら、周りの世の中が何の気にもかけない紛争がある」とホーキンスは続ける。彼が言っているのはどの紛争か想像できる人はいるだろうか?筆者にはわからなかった。

その答えは、コンゴ民主共和国(隣国のコンゴ共和国-コンゴ・レオポルドビル、と区別するために、しばしばコンゴ-キンシャサと呼ばれる)の紛争である。ルワンダに先導された侵入により1998年に始まり、いまだに続いている。その死者総数の大きさで、コンゴの戦争は第二次世界大戦以降の、最も大きな戦争2つののうちの1つとなっている ― ちなみにもう1つは、おそらく誰かはベトナム戦争と考えるだろうが、そうではなく、朝鮮戦争である(前者の死者数は300万人、後者は450~700万人)。犠牲者のほとんどは、軍の暴力ではなく、病気や飢えによって亡くなっている。つまり、戦争に起因する人道的大惨事によるものなのである。ただこれらの数字には、筆者がウプサラ紛争調査データベースのプロジェクトマネジャー、スティーナ・ヒューグブラードに確認した時には、より慎重な回答が返ってきた。ヒューグブラードが挙げたコンゴでの死者数は300~500万人、これは国際救援委員会による推定に基づいた数字である。

コンゴ民主共和国国軍(Photo: MONUSCO)

著書のはじめに、ホーキンスは一度見ると忘れられない表を記している。死者数によってランク付けした近年の戦争と紛争。それは、我々が新聞の国際面で慣れ親しんでいる世界とはまた違った世界を表している。群を抜いて大きいのはコンゴでの戦争なのである。続いて、スーダン、アンゴラ、ルワンダ、アフガニスタン、ソマリア、そしてイラクである。最下位は(ホーキンスがそこでランク付けを終えているのはもちろん偶然ではないのだが)イスラエル-パレスチナである。イスラエル-パレスチナよりも大きいのは、とりわけ、カシミール、コロンビア、スリランカ、フィリピン、タジキスタン、ペルー、ミャンマーそしてネパールの戦争である。これらについて我々はどれだけ読む機会が与えられているだろうか?

数年前、筆者はあるフリーランスのジャーナリストに会った。筆者に、新聞に載ることのないニュースがたくさんあることを説明してくれた。興味深いですね、例を挙げてみていただけますか?と筆者。すぐさま、パレスチナ!という返事だった。

世界中の紛争のなかでも、イスラエル-パレスチナの紛争は特殊で特権階級的な位置を占めているとホーキンスは述べている。これほど詳細にわたって、継続的に注視されているものは他にない。イスラエル-パレスチナがアフリカ全土よりも注目を浴びることは稀ではない。それでも誰も満足しない。記事になるたびにそれに対する反発が生まれる - 視点が偏っていて不公平だ、自身が心情を共にしない側の方が優位に働くようにするものだ、と。我々の偽りの報道世界では、イスラエル-パレスチナはアメリカのように1つの大陸で、地球上の残りの部分は一種の添え物で、紙面を満たすために必要に応じて、そこから記事がピックアップされるのである。

ホーキンスは新聞などの記事の統計をとっている。それによると、コンゴでの戦争では最初の2年間に約180万人が亡くなったのだが、その間ニューヨーク・タイムズ紙は(同時期の死亡者が2000人の)イスラエル-パレスチナについて、コンゴについてよりも11倍多くの記事を載せ、CNNは53倍多くのニュースを流しているのだ。

このバランスの悪さは人々が世界に対する認識を形成する際に貢献している。2003年に行われた、オーストラリアの大学生へのある世論調査では、彼らが、イスラエル-パレスチナ紛争が世界で最も犠牲者の多い紛争だと思っていることが示された。彼らの半数以上が、この紛争が解決を最も要する紛争だと思う、と回答している。パレスチナに対するこの強いフォーカスと共に存在しているのは特に、アラブ諸国移り住んでいる約450万人のパレスチナ人に対する、メディアの完全な無関心さだ。彼らは、場合によっては1948年から住んでいるのにもかかわらず、そこで正当な住民としての権利を拒否されているというのに。

なぜ、紛争によっては人目に映らないものがあるのだろうか。ホーキンスは、政府やメディア、国際協力機関などの関係者がみな、1つの同じボールを追うことを好むことを言及している。救援組織の使命は、他のすべてからは見捨てられた人々を救うことであるが、実際のところは、無名の、または忘れ去られた紛争のために組織の資源を無駄に使いたくないのだとホーキンスは述べている。コソボでは、1998年から1999年に亡くなったのは2000人だが、1999年に得た援助金は、紛争にさらされたアフリカ全土の地域へのそれよりも多いものだった。また、国際赤十字委員会は、イスラエルとその占領領域に、コンゴへの援助の2倍を与えている。

ホーキンスによると、メディアは自身に課された二重の使命に失敗したという。現実を映し出し、信頼に足る鏡としての機能としても、他の関係者に対する番犬としても。第二次世界大戦後に世界の紛争に関連した死者数の88%はアフリカで起こったもので、アジア6%、中東4%だが、メディアによるニュースとしての価値付けはまったく正反対である。我々はメディアが、政治家に行動を促す火炎放射器のようなものだと考えたがる。しかし1990年代初頭のソマリア紛争に関しては、国による組織であるアメリカの海外災害援助室が警報を鳴らしてから初めて、メディアは何が起こっているかを発見して、それに追随したのだった。

ホーキンスは現在大阪大学国際公共政策研究科の准教授で、この著書の大部分は、日本の援助団体のAMDAで勤務していた際に、ザンビアで書かれたものである。ニュースにおいて、アフリカがいかに偏見を抱かれ、なおざりに扱われているか、彼の失望振りは本書ではっきりと見てとれる。コンゴに対するメディアの監視力は、100年前のほうが実によかったという。当時は、エドモンド・モレルが、ベルギーの植民地であったコンゴでの奴隷制について注目に値すべき運動を行った時代である。

メディアによる影、それはアフリカが地理的に遠いからであろうか?ホーキンスが反論するところでは、あらゆる紛争は、国際的に影響が及ぶ結果をもたらすものだという。国連によると、紛争の間、20カ国以上の企業がコンゴからの自然物資の不法取引に関与していた。つまり、それほどアフリカは遠くない、ということだ。また、その上、武器産業が世界の国々がより強く結びつくのに貢献している。たとえば12月12日、スヴェンスカ・ダーグブラーデット紙のバッティル・リントナーはミャンマーにてスウェーデン製の無反動砲を発見している。

コンゴにて活動するのはもしかしたら危険すぎるのであろうか。いや、かの地へ赴くのが危険だからといって紛争のどれかをメディアが取り上げないというのは、説明として値しない、とホーキンスは述べている。その意思さえあれば、彼らはどこへでも赴き、経費に糸目はつけないものだと。侵入後の数年、イラクでは他の地でよりも多くのジャーナリストが殺されたが、そのことが当地からの報道を妨げることはなかったのである。

間違いはただ、ニュースのゆがんだ価値基準にある、とホーキンスは言う。はっきりと見分けがつく「良い側」がいない紛争には、メディアは興味をなくすものだ。そうなると、メディアは手を抜いて、古臭い民族対立やカオス状態の暴力について話し始める。ホーキンスは、ルワンダの市民虐殺はカオス状態ではなかった、と主張する。80万もの人が、ある一定の計画もなく100日で殺されるわけがないと。

世界の紛争を理解するには、歴史や政治、経済がいつも変わらず関係している、が、メディアはそれよりも、文化的アイデンティティーや民族的属性に一層、ニュースの媒体のなかで、過度な役割を与えるようになっているとホーキンスは著書で述べている。アイデンティティーに基づいた紛争が自然なものであることは暗黙の了解にある。避けることができず、おそらく解決ができず、おそらく他者には把握しがたい。そのためつまり、他者にそれを問題視しないで、安穏としてすませられるものなのだ。そうではなく、アフリカにおける「民族的」紛争について、ホーキンスが望むのはむしろ、それが組織犯罪として記されることだ。「アフリカの紛争を起こしている『文化』はシチリアのマフィアのそれと似ている〔…〕アフリカで戦闘を行っている分派は「族」としてではなく犯罪ビジネス組織として理解されるべきだ」と。

テロとの戦いについてメディアが費やしてきたボリュームすべてを考慮すると、テロが劇的に増えたと考えるのは難しくない。しかしそのような増加は見て取ることができない、とホーキンスは言う。テロの攻撃は、90年代よりは多いとはいえ、80年代よりも低く、増加は主にイラクや中東、南アジアの出来事によるものなのである。世界のその他でのテロの攻撃は「第二次世界大戦以後目を見張るほど減少している」。ホーキンスがもっと懸念しているのは明らかに「グローバル軍閥主義」の台頭である。―地方軍閥のリーダーが略奪や買収で財を成すことが、拡大しつつある問題として、今の時代の特徴となっている。

テロを議論するときは、米国の陸軍士官学校、ウェストポイントにおける研究について語るときでもあろう。2009年の研究 「Deadly vanguards(死の最前線)」はわれわれの時代のイスラムによるテロを念頭においている。この研究をしたスコット・ヘルフェンシュタイン、ナサール・アブドゥラ、ムハンマド・アル-オバイディは2004年から2008年までのテロの攻撃について調査した。彼らの統計から描かれたのは、主としてムスリムを殺害する組織の絵図だった。調査対象年の死者数の88%は非西洋人で、ほとんどがイラクの人々であった。「アルカイダの暴力の対象は、彼らが『戦う』と主張する西側権力ではなく、おそらくもっとも、彼らが『保護している』と主張するところのムスリムの人々なのである。」と3人は述べている。彼らの研究を読んだ後では、アルカイダはもはや西側を攻撃するもの、―または、西側の帝国へ対抗するものーとは思えなくなるのである。

我々が享受するメディアは、今後、増えるのであろうか、減るのであろうか。我々とメディアの間のパイプラインはかつてないほど太い、が、洪水のような情報は、人々がそれを詳細にわたるまで注視することを怠ると、その内容はむしろ減っていくように思える。それについては、2010年に ジョナサン・ストレイが「ニーマン・ジャーナリズム・ラボ」i に寄せた寄稿が考え深い。ストレイが同一のニュースについて800本のインターネット記事を調査したところ、121本の記事以外はすべて同一だったのだ。何らかの自身の言及をした記事は13本、自身の報道による作業を主体としたものはたったの7本(0.9%)。他のものは、編集にまわす事なく、お互いの記事を書き写しあったジャーナリストに作成されたものだ。

新聞社は繰り返し、質と内容の掘り下げに力を入れることで生き残る、と言っている、が、その判断力を失うには、イタリアの沖合で1隻の豪華客船が転覆するだけで十分なのである。数日間にもわたって、たかだかひとつの通知にしか値しないことに全ページ費やすのだから。それとももしかしたら吹雪がまたやってきているのだろうか?そうすれば、編集部はまたゆっくりと構えて、ヘッドラインニュースに天気をもってくることができる。2012年2月9日にダーゲンス・ニィーヘーテル紙iiのベーラング・ベージョーが書いたように、気象はスウェーデンの新聞各紙にとって最大のニュースとなろうとしている。

メディアの洪水の中で、真の情報が欠落していることを理由に、人々が「あまり知らないので、意見などない」と言う、ということにはならないであろう。人々がそれほど哲学的な心境になることはそうそうない。そうではなく、何が起こるか想像するのは簡単だ。情報が空いたところには即座に、独断、偏見、うわさと陰謀説がその穴を埋める。我々は自らますます愚かになろうとしている。未来の紛争は明らかに予兆されているのである。

i 訳者注 ハーバード大学で立ち上がったジャーナリズムの将来像を研究するプロジェクト。ブログでデータジャーナリズムなどに関する掲載されている。

ii スウェーデンの最大日刊紙。

マリで紛争勃発

Posted in 「アフリカも世界の一部」, マリ with tags , , , , , , , , , , , on 2月 17, 2012 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第49号 

20121月、西アフリカのマリで武力紛争が勃発した。正確には、2009年に一旦終結していた紛争が再発した。マリの北部で遊牧生活を続けてきたツアレグという民族が自治区を実現するためにマリ政府と戦っているのである。

ツアレグは現在のマリ、ニジェールアルジェリアモロッコリビアブルキナファソに渡り、サハラ砂漠でラクダの牧畜などを中心に暮らしてきた民族である。自分の生活を外部の干渉から守るために、植民地時代にはフランスの支配から、その後に作られた国家からの支配に対しても抵抗を続けてきた。しかし、1960年のマリ独立後に起きた反乱はマリ政府に容赦なく潰された。

ツアレグが悩まされてきたのは外部からの支配だけではない。197080年代には干ばつが多く発生し、環境破壊、砂漠化、人口の増加にも脅かされた。隣国に流れたり、都会に出ざるを得ない人が増え、伝統的な暮らしは崩壊に向かい、貧困が深刻化した。

このような状況を背景に、199092年、そして200609年、ツアレグの武装勢力とマリ政府との間、武力紛争が繰り広げられた。これらの紛争は、地域の情勢からも切り離せない。西アフリカの各国にも影響力を発揮しようとしていたリビアのガダフィー政権はツアレグの武装勢力を受け入れ、訓練及び武器を提供していた。一方、北西アフリカの多くの国はツアレグを抱えているため、自国にも紛争が飛び火することを懸念し、「ツアレグ問題」の収束を願っている。アルジェリア政府はマリ政府を軍事支援しているとの報告もされている。

今回の紛争の再発もリビア情勢と密接につながっている。2011年のリビア紛争の際、多くのツアレグの戦士がガダフィー政権側に加わったが、ガダフィー政権の崩壊とともに、マリのツアレグ戦士が故郷に戻り、マリ政府との新しい紛争を計画し始めた。以前の紛争に比べ、今回の紛争の大きな違いは武装の規模である。マリで反政府勢力となるグループは崩れ始めていたガダフィー政権から大量の武器をマリに流したわけである。

マリでの紛争が始まり、1ヶ月が経とうとしている。すでに2万人の難民がただでさえ水不足、食料不足で苦しんでいる隣国ニジェールなどに流れている。しかし、日本ではこの紛争が報じられていない。読売新聞には一度も記事として取り上げられていない。この北西アフリカにはアル・カイーダの支部と言われるグループも活動しており、地域全体的な不安定にもつながるこの紛争を無視してもよいのだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

20121月、西アフリカのマリで武力紛争が勃発しました。リビアのガダフィー政権崩壊とも密接につながっている紛争です。読売新聞はなぜ、この紛争を一度も取り上げていないのでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 マリ紛争に関する記事

 マリ紛争に関する分析

 マリのプロフィール

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アンゴラでデモ

Posted in 「アフリカも世界の一部」, アンゴラ, 選挙 with tags , , , , , , , , , , , , , , , on 12月 9, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第48号 

北アフリカ・中東での民主化運動はサハラ以南のアフリカにも影響し続けている。12月、南部アフリカのアンゴラでは、32年間続いているドス・サントス政権に対するデモが開かれたが、直ちに警察に抑えられ、デモの参加者は逮捕された。

他の多くの国ではこのような数百人規模のデモはそれほど注目に値しないが、政権に対する批判が許されないアンゴラではこのような動きは大きな意味を持っている。20112月以降、このようなデモが数回起きている。デモが実施された首都ルアンダの広場はエジプト革命の舞台となった広場の名を借り、「我々のタハリール広場」と呼ばれるようにもなっている。

1975年、独立戦争を経てポルトガルから独立したアンゴラは、冷戦の大国闘争に巻き込まれ紛争が続いた。冷戦の終結とともにアンゴラの紛争も一旦終わったものの、反政府勢力のUNITAは終戦後に実施された選挙(1992年)での落選を受け入れず、紛争が再発した。しかし、2000年代に入ってUNITAの勢力が衰退し、2002年にそのリーダーが戦死したことをきっかけに、ようやくアンゴラでの紛争が終わった。

しかし、平和が訪れても大統領選挙が実施されることはなかった。約束された選挙は数回延期され、現時点では、2012年(20年ぶり)に予定されている。今のところ、エジプトのような革命・政権交代は考えにくい。2008年に実施された国会議員選挙では、野党が封じ込まれ、与党のMPLA81パーセントの議席を獲得した。2012年の選挙では、ドス・サントス現大統領の再選は確実だと見られている。しかし、71才になる大統領はいつまでも政権を握ることもできず、その後継者の候補をめぐる政治的争いがすで始まっている模様である。

アンゴラは石油、ダイヤモンドに恵まれ、経済成長が確実に進んでいる。債務危機で苦しむ元宗主国ポルトガルの救済措置の一貫として、アンゴラは石油から得た利益をポルトガルに投資すると表明したほど成長を成し遂げている。しかし、その分配が非常に不平等で、人口の大半は貧困で苦しむ。政府の財政状況は不透明であり、多大な資金が大統領、その親戚及びその他のエリートに流れているとされる。

日本のメディアはアンゴラ情勢をほとんど取り上げることはない。例えば、読売新聞は近年、アンゴラ情勢に関する記事を掲載したのは20101月と、2年近くも前となる。今年のデモはアンゴラにすれば大きな意味を持つ出来事である。アンゴラ情勢を報道してもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「読売新聞が近年、アンゴラを取り上げてから2年近くが経っています。民主化を求めるデモの発生や、元宗主国ポルトガル経済の救済措置への貢献など、報道に値する出来事が起きています。報道するべきではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 アンゴラでのデモに関する分析

 アンゴラのポルトガル「支援」に関する記事

 アンゴラの政治に関する記事 

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ケニア軍のソマリア侵攻

Posted in 「アフリカも世界の一部」, エチオピア, ケニア, ソマリア with tags , , , , , , , , , , , , on 11月 24, 2011 by Virgil

ケニア軍のソマリア侵攻

 

「アフリカも世界の一部」第47号 

20111016日、紛争が長年続くソマリアの情勢を変える大きな動きがあった。隣国ケニアの軍部隊が戦車や装甲車で国境を越え侵攻を開始したのだ。ケニアにとってこの「国家を守る作戦」は1963年の独立以来,最大の軍事行動である。

ケニア政府によると、侵攻の目的はケニアの国境の安全を確保することである。ソマリアでの紛争と飢餓の影響がケニアに溢れ、難民、海賊、誘拐事件などがケニア政府を悩ませてきた。ケニアの侵攻のきっかけとなったのは10月にケニアで起きた外国人の複数の誘拐事件(ソマリアの武装勢力によるもの)だが、それ以前かも侵攻を企画していたようである。

ケニアが特に問題視してきたのは、ソマリアの中南部を支配してきた武装勢力「アル・シャバブ」である。アル・シャバブは今年まで、首都モガディシュも支配し、昨年、ウガンダで起きた爆弾テロにも関与した。現在のケニアの攻撃はアル・シャバブに向けられており、港湾都市キスマヨの制圧を目指しているとされている。キスマヨは自治区ジュバランドの首都でもあり、ケニアはジュバランドを中心にバッファー・ゾーン(緩衛地帯)を確保し、ソマリアの問題がケニアに溢れるのを引き止める狙いであろう。

ソマリアでの紛争は依然として国際的なものである。2006年に、もう一つの隣国のエチオピアが侵攻し、首都の制圧に成功したものの、抵抗が激しかったこともあり、2009年に撤退した。残った暫定政府は弱く、首都のコントロールもできなかった。暫定政府を守るためにアフリカ連合が首都への派兵(主にウガンダ軍とブルンジ軍)し、2011年にようやく、アル・シャバブを首都から追放することができた。エチオピアはケニアの侵攻を機に、再びソマリアへの介入及びケニアと同様のバッファー・ゾーンの設置を計画しているとされ、すでに侵攻が始まっているという報告も出ている。

今回のケニアによる侵攻では、アル・シャバブの拠点への空爆も増えているが、すべてがケニア空軍によるものではないという疑いがある。特にいくつかのピンポイント空爆がケニア空軍の軍事能力を超えているとされ、アメリカもしくはフランスによるものではないかと推測されている。

日本のメディアは、ソマリア沿岸付近の海賊問題をときどき取り上げるが、今回のケニア侵攻とソマリア紛争をほとんど報道しない。読売新聞は10月にひとつの記事(280字)でケニア侵攻の事実を伝えたが、それ以降の1ヶ月以上、一度も紙面に載せていない。日本も悩まされている海賊問題の裏にはソマリア紛争がある。その紛争の展開を無視してもよいのだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「ケニアがソマリアに侵攻してから1ヶ月が経ちました。読売新聞は侵攻の開始を伝える記事を掲載してから、その後の状況を一度も紙面に載せていません。海賊問題の裏にはソマリア紛争があります。その紛争を無視してもよいのでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ケニアのソマリア侵攻の動機に関する分析

 ケニアの軍事活動に関する分析

 ソマリアでの空爆に関する記事

 エチオピアの侵攻開始に関する記事

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安定しないコンゴ民主共和国

Posted in 「アフリカも世界の一部」, コンゴ民主共和国 with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , on 9月 6, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第44号 

201111月、コンゴ民主共和国DRC)で大統領選挙が予定されている。しかし、実施に必要なDRC政府の予算も、先進国ドナーからの援助も大きく不足しており、準備が遅れている。有権者登録が済んだものの、独立機関による確認が行われていない。野党が不正を訴え、91日には首都キンシャサで数百人によるデモが発生した。現在も、選挙を延期するべきか、不正の懸念を持ちながらも予定通り強行するべきか、DRC国内外で議論されている。

冷戦後、世界最多の死者数を出しているDRCの紛争はまだ終わっていない。DRCに侵攻し占領していたルワンダウガンダ2003年までに撤収し、表向きには、国際紛争は終息した。包括的な和平合意が結ばれ、2006年に歴史的な選挙も行われた。ルワンダが支援し続けていた大型反政府勢力も2009年に政府と和平合意を結び、兵士は国軍に取り込まれることになった。

しかし、紛争は部分的に続いている。東部ではいくつかの武装勢力が軍事活動を続行しており、DRCの国軍はいまだに制圧できていない。また、多くの人権侵害の加害者が給料も訓練も十分に受けていない国軍の兵士であり、国軍でありながらも一般市民にとって脅威となることも少なくない。さらに、和平合意を結び、国軍に「統合」された元武装勢力も、制服を着替えたものの、もともとの形をそれほど崩しておらず、部隊の解体やDRC国内の他の地域への移転を拒んでいる。

また、様々な形で紛争が20年近く続いてきたため、警察、司法制度の機能が極めて弱く、治安が大きな問題として残っている。安定しないDRCの東部では暴力事件、殺人事件、レイプが多発している。そして少なくとも170万人の国内避難民は家に帰ることができていない。

紛争を長引かせたひとつの要因として、日本の電子産業にも欠かせない鉱物資源が挙げられている。昨年発表された国連の報告によると、東部にあるほとんどの鉱山は国軍を含む武装勢力にコントロールされている。このような紛争と関連した鉱物資源の規制につながる法律がすでにアメリカで採択されている。その結果、企業は使用している資源が紛争と無関係であることを証明する義務を負うようになる。アメリカ及びアメリカの市場を対象にする世界の多くの企業がすでにDRCからの鉱物資源を避け始め、DRCからのスズ、金、タンタルなどの輸出が激減している。

日本のメディアはなぜこのような情勢を無視するのだろうか。読売新聞は2011年に入ってから、DRC情勢に関する記事をひとつも掲載していない。せめてDRCの安定に大きく影響する今年の選挙、そして日本の電子産業にも影響を及ぼす鉱物資源問題に関する報道があってもよいのではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「今年実施されるコンゴ民主共和国の大統領選挙の準備が遅れ、不正を訴える野党によるデモが発生しています。日本の電子産業も関連している鉱物資源問題も世界で注目を浴びています。にもかかわらず、読売新聞は2011年に入ってからコンゴ民主共和国の情勢を一度も報道していないのはなぜでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 選挙準備をめぐるデモに関する記事

 DRC紛争と武装勢力に関する分析

 DRC紛争、選挙、鉱物資源に関する分析

 10月に行われる国際イベント「コンゴウィーク」に関する情報

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ギニアで大統領暗殺未遂

Posted in ギニア with tags , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , , on 7月 27, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第42号 

ノルウエーの首相を狙った爆撃が日本でも注目を集めているが、先週、別の国では誰からも注目を集めない国家元首を狙った爆撃が起きた。719日深夜、西アフリカのギニアで、大統領官邸の寝室にロケット弾が打ち込まれ、その後も、銃撃戦が2時間続いた。別の寝室で寝ていたコンデ大統領は無事だった。

コンデ大統領はテレビ演説を通じて、官邸を守りきった大統領警護隊を称賛し、「ギニアの民主主義に向けた行進はもはや止められない」と話した。当初、「暗殺未遂」として報じられたが、政府を乗っ取る計画の一環との可能性もあると、「クーデター未遂」としても報じられている。事件の数時間後、元陸軍参謀長が逮捕された。

ギニアは1958年の独立以降、独裁・軍事政権が続き、2010年12月、民主的選挙が初めて行われた。接戦となった選挙後、その結果をめぐり暴動が起きたものの、選出されたコンデ大統領が無事就任した。選挙はギニアの安定した民主主義に向けた歴史的な一歩だと期待が大きかった。

コンデ大統領が昨年就任してから、国軍の改革を進めてきた。昨年の選挙が行われるまでは、軍事政権の元で軍の幹部が権力と富を受益していたため、現大統領の改革に対して、軍事内で不満が積もっていた。また、地域内の武器拡散も問題視されている。今年4月に紛争が終結した隣国のコートジボワールからの流出が特に注目されている。その他、リベリアシエラレオネが過去に紛争を経験しており、これらの紛争もギニアの不安定の一因でもある。

ギニアはアルミニウムの原料であるボーキサイトが豊富で、世界の埋蔵慮の3分の1以上ある。この資源へのアクセスを確保するため、これまで、日本を含む先進国の政府は独裁政権の元で行われた虐殺、人権問題、非民主主義に対して、目をつぶってきた経緯がある。日本の企業もギニアでボーキサイトの探査権を持っている。今度こそ、「民主主義への行進」を見守るべきではなきだろうか。

しかし、日本のメディアはこの出来事を無視することにしている。ノルウエーの事件がNHKでトップニュースとして報じられ、新聞でも大きく取り上げられているが、ギニアでの事件は報道がない。読売新聞も朝日新聞も記事をひとつも掲載していない。一度は、報道すべき出来事ではないだろうか。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

「7月19日、西アフリカのギニアで大統領暗殺未遂が起きました。昨年の歴史的な選挙の実施後、ギニア政府は民主主義の定着に向け、改革を進めています。このような状況の中で起きた事件を報道するべきではないでしょうか。アフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 ギニアの大統領暗殺未遂に関する記事

 ギニアと国軍の問題に関する記事

 ギニアのタイムライン

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アフリカ連合サミットとリビア

Posted in 「アフリカも世界の一部」, アフリカ連合, リビア with tags , , , , , , , , , , , , on 7月 5, 2011 by Virgil

「アフリカも世界の一部」第41号 

630日~71日、53ヶ国が加盟しているアフリカ連合のサミットが赤道ギニアで開かれた。最も議論された話題はリビア情勢であった。カダフィ政権の派遣団が出席していた(カダフィ氏は欠席)が、反政府勢力の派遣団も「特別なゲスト」として参加した。

アフリカ連合とカダフィ政権との関係は複雑である。リビアはアフリカの多くの国々やアフリカ連合にも多額な支援をしてきた経緯がある。また、チャドのデビ大統領やブルキナファソのカンパオレ大統領のように、カダフィ氏から支援を受け、大統領になれたというケースもある。恩を受けてきた立場から、カダフィ氏に対して簡単に批判ができない。また、アフリカ緒国間では、内政不干渉の傾向も強い。

一方、現在のリビア紛争において、軍事的にも、政治的にもカダフィ政権の立場が弱くなりつつある。また、政府による一般市民への人権侵害も目立っている。アフリカ連合の中では、カダフィ氏を批判し、政権交代を呼びかける声も上がっている。セネガルは早くもリビアの反政府勢力をリビアの正当な「政府」として認めることを発表した。

しかしながら、多くのアフリカの国々は現在続いているNATO(北大西洋条約機構)による軍事介入も批判している。「市民の保護」の名のもとでの空爆が逆に市民への被害を引き起こしているという声が上がっている。また、フランスが反政府勢力に武器供与を行っていることが判明し、この行為も周辺国への武器拡散をもたらし、地域の不安定につながるという懸念もある。

アフリカ連合はカダフィ政権と反政府勢力に対して、停戦を呼びかけ、仲介を試みてきた。和平に向けたプロセスを示す「ロードマップ」も提案している。しかし、反政府勢力はカダフィ氏を含む政権は認められないとして、交渉は難航している。また、カダフィ氏に対して、「人道に対する罪」の容疑で国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているが、和平プロセスを妨げるものとしてアフリカ連合は逮捕に協力しないと発表している。

欧米のメディアがリビア問題に注目していることもあり、日本のメディアもある程度、取り上げている。しかし、基本的に欧米の観点からの報道になっている。読売新聞はアフリカ連合のサミットが行われたことすら報道していない。リビアはアフリカの一部だ。アフリカも世界の一部だ。

以下の文書のような形で、読売新聞にこの状況を伝え、報道を求めよう。

このリンクから直接投稿してください。

(もちろん、自分自身のメッセージを書いていただくのが望ましいのだが、以下の文書をコピーしてリンク先に張り付けるのも可能)。

630日~71日、アフリカ連合のサミットが開かれました。主に取り上げられた議題はリビア情勢でした。読売新聞はなぜこのサミットを一切報道しなかったのでしょうか?リビアはアフリカの一部です。そしてアフリカも世界の一部です。」

英語になりますが、以下のサイトを参照に:

 アフリカ連合とカダフィに関する記事

 アフリカ連合のサミットとリビアに関する記事

 リビアと国際刑事裁判所とアフリカ連合に関する記事

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